覚醒

□どうか清くいられるように
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「あの」
「ごめんひなこ、今ちょっと忙しいからケンジに聞いてほしい!」


 今から新しく入る生徒さんと親御さんの面談あるから。マンツーマン方式をとるこの塾で担当講師が消えてしまえばおしまいである。よりにもよってひなこの担当講師は塾長であった。普段は別の講師が代わりになってくれるので困ることもないが、いかんせん今日日生徒が多いもので数が足りていないようだ。

ひなこは名前に心当たりがなかった。人間の入れ替わりも激しいうえ入る曜日が被らなければ顔も合わせることさえしない人間だって存在する。けれど塾長が下の名前を呼び捨てにしたので、"ケンジ"は生徒を指しているらしい。


「……ケンジ、くんはどこ?」


 生徒同士下の名前で呼び合うのはこの塾の方針だ。アットホームの空気を意識してかひなこも塾長をマサハル先生と呼ぶよう強要されている。ひなこはこの雰囲気が少し嫌で、大した間柄でもない人間に呼び捨てにしたりされたりするのは癪だった。

壁を無くそうという意向で学年に関係なく敬語は禁じられている。これまたひなこはそれが苦手だった。ぼんやりしながら面談をしたのが悔やまれる。やめたくても近場に代替えはない。それに契約の関係で半年は続けなければならない。


「ん、ここにいるけど」


 手をひらひらさせながら現れたのは背の高い男子高校生で、ひなこはちょっとだけ憂鬱な気持ちになった。気さくそうだが馴れ馴れしそうな人相をしている。ケンジは早速席に着くとワークを覗きこんだ。人に見られると自分の字がひどく稚拙なものに感じられてひなこは恥じた。
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