三流悲劇に喝采を!【灰羽リエーフ】

□毒蛾
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 十一月ということもあってか外はうすら寒く、冷え性を患った指先が凍りついて動かない。何かに触れるのもじんじんしてラダーをうまく広げられない。急に外練になるのが予想できなかったとはいえカイロの一つでも持ってこれば良かったと後悔する。

反して動きまわる部員たちは季節にそぐわぬ汗をまとい、辺りにたちこめる熱気に思わずちょっとだけ引いた。いやまあ顔には出さないけれども。あの中に突っ込むでもすれば暖まるような気がするな。そんな馬鹿な考えを改めてラダーを広げきった。皆が休憩に入ったのはそれとほぼ同時刻であった。


「藤崎、鼻真っ赤になってる」
「もっと防寒してこれば良かったです」
「これ着とけ。今日まだ着てないからちゃんと綺麗だぞ」


 わあ。ありがとうございます。大きいんですねえ。へらへらと笑いながら夜久さんのジャージを羽織る。きちんと洗濯されたらしい清潔な匂いがした。彼の匂いがしてなんだか落ち着かない。わざとらしかったかもしれないが夜久さんはちょっと照れ臭そうに笑った。この人が苦手だ。だって、なんだか、好い人すぎる。

私はマーカーコーンを倉庫に忘れたことを言い訳にして笑顔をつくって逃げた。よく分からないのに。よく分からないのに。あの人が自分より高潔な気がして落ち込んでゆく。小走りになったおかげで、からだの芯がじわじわと暖まっていく。

 倉庫内はひんやりとして息のあがったわたしには調度よく涼しい。言ってしまったからには(どうせ必要になるだろうし)マーカーを探さねばならない。しかしどうしてかこの前片付けておいたはずの場所はがらんどうで、渋々奥のほうまでかき分ける。あらかたサッカー部あたりが適当なことしてくれたのだろう。倉庫は、奥に行けば行くほど冷えていく。


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