三流悲劇に喝采を!【灰羽リエーフ】

□憎しみとランデヴー
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 物事は思っていたより滞りなく進んだ。全員のことを覚えていないにも関わらず、人見知りのしなさと持ち前の愛想、あとは馬鹿正直なところが記憶を失う前とほとんど変わらない。
 
バレーに関しても。やはり周りと比べれば素人くさい動きが目につくが覚えているのは脳でなく体だった。しなる体。汗で張り付いた髪をはらう仕草。きらきら光って楽しそうな顔。全部知ってると思った。

何を勘違いしていたのだろう。リエーフはそのままじゃないか。ほんとうは何も起こっていなかったんじゃないかという幻想。フォローを頼むチームメイトを見たのも束の間、咄嗟に名前が思い出せなくて連携が崩れる現実が夢見がちな私を叩いていく。細々と叩いていく。

音駒の要は連携だ。それは仲間との信頼関係もあっての強さであるのに、リエーフは入部から今まで部員と積み上げてきた信頼が振り出しに戻ってしまった。だから誰がどんな動きをするか把握できてないし、誰がどんな性質で誰に何を任せるべきかも分からない。誰が誰なのか理解していない。


「ごめん名前なんだっけ」


今更名前を聞かれる一種の屈辱感と混乱を味わった私はあのときぼんやりと固まってしまったけれど、芝山はすぐに笑顔で名を名乗っている。休憩に入ってからもリエーフはまるで初めからそこにあった存在かのように佇んでいた。当たり前なのに。


「何も言ってあげないの」
「言ったほうがいいのかな」
「……どうかしてる」


 孤爪は携帯から目を離さないまま言った。私も視線の先にはリエーフがいたので互いに互いを見ないまま音だけでコミュニケーションを取っていく。伝えるべきか否かは分からない。この状況のなか、何を大切にするべきだろう。何が大切なのだろう? リエーフは、こちらへ笑顔で走ってきている。


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