三流悲劇に喝采を!【灰羽リエーフ】

□おまえは誰だと叫ぶ声
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 彼に絶望の名をつける。
 そうするべきなのだろう。そして人々は笑うだろう。人々は笑い続けるだろう。取り留めもないくらいに平凡でつまらないから。でもそんな運命さえ嫌えてしまうくらいには私にとって何らかの転機で、うまく息ができないこの閉塞感をどうにか喉で押し潰していく。


「貴方の名前はなんですか?」


白いベッドに半身を起こしにこにこ笑う後輩。雪が降り積もったようにうすはいいろの睫毛と、光をうけてゆらゆら輝くほたる硝子の目。愛想の良さは人懐こい犬なんかと変わらない。隣に佇む孤爪と黒尾さんがひどく怪訝な顔をしている。

私は存外冷静な心持ちをしているように自分で思えたが、この不愉快な現実を受け止めきれていないだけなのかもしれない。しばらくは何も言えないような気分だ。でも無邪気なあのこの為にくちを開く。


「藤崎ななみ」
「藤崎ななみさん」


 彼は告げられた名前を反芻すると丁寧によろしくお願いいたしますと頭を下げた。私はなんだか涙が出てきてしまって、流れた一筋の涙に三人はぎょっとしている。室内はなんだか冷えているような感じがする。私を拒絶しているような気がする。

慰めるように背中を優しく叩く黒尾さんの手。どうしたら良いのか分からないのか気まずそうな顔で立ち尽くすばかりの孤爪。"彼"はあの時と同じで、何故私が泣くのかなんて理解ができていない顔だった。ぽかんと呑気な顔したまま筋肉質の腕を伸ばすと、その手のひらで私の片頬を包み親指で涙を拭う。

彼の手は皮が厚く固い感じがした。それがやたら懐かしくて笑えない。私は運命を呪う。私は運命を呪い続ける。これは私への何らかな罰なのだろうか。神に何らかの罪を問いたてられているのだろうか。何故今私たちは病院に居るのだろうか?何故彼はベッドに繋がれているのか?


「どうして泣くの」
「私がわからないの?」


 ______可愛くない私の後輩、灰羽リエーフが記憶喪失になったのは風が凍てつくような秋のことだった。


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