book -long-

□2
1ページ/1ページ

今回はレコーディングが順調に進んで、早めに家に帰ることができた。

スマホロトムを見ると、マリィからメッセージが届いている。
ジムチャレンジでしばらく帰らないという
連絡だった。

ここ最近チャレンジに夢中な妹は家に帰っていない。
話す機会は減ったが、それでもこうやって連絡をくれるんだからまだいいのかもしれない。


(…家にいるのはリーガだけですか)

…そもそもあいつは家にいるんでしょうか。



リーガはおれの弟…マリィの双子の弟だ。

この弟とはある日を境に何となく距離を感じるようになって、ここ2.3年はおれに何の断りもなく家を出て行くようになった。

少し前まではマリィと同じようにジムチャレンジに臨んでいたものの、そのジムチャレンジも途中から停滞。
今じゃどこにいるのかすらも分からねぇ。



「おれはお前に、深夜徘徊の免罪符をやったわけじゃねぇですよ」

なんて一度そのことをきつく叱ったせいなのか、それ以降は距離を感じるどころか、より一層おれを突き放すようになってしまった。


(……わかってますよ。
オレの言い方が悪かったって)

正直10歳に言うには言葉がきつかったような気がしている。
それでも急に3日も連絡無しにいなくなられたら、兄貴としてはたまったもんじゃなかった。

…今はそれが普通のことになってしまっているのが、情けないかぎりですが。

いや、普通のことにさせねぇために今も口うるさく話しているつもりです。




家に帰ると、案の定弟はいない。

半開きになった部屋を覗くと、ドアの横に置いてあるスーツケースがなくなっていた。
…ただの夜遊びだったら、スーツケースなんて持ち歩くわけがない。



電話をしてみたものの、1コールで留守番電話に切り替わってしまう。

そもそも「電話に出ることができません」ってのは、1コールでなるものなんですか?

……もしかしておれだけにそうなるようにしてねぇですよね。




そんなことが続くのにおれも少し慣れてしまって、また3日ほど帰ってこないのかと思っていた。
その予想を盛大に裏切って、今回はとうとう丸1週間帰ってこなかった。


(いくら何でも長すぎでしょう)

おれとばっちりすれ違ったなら1週間でしょうが、もしかするとおれがレコーディングで家を空けていた期間も合わせれば、
あいつは最長で2週間は家を出ていたことになる。




このことをダンデに相談したら、「じっくり話してみるといい」なんて言われた。

そもそもおまえら兄弟のように仲が良くねぇんだから、そんな簡単にじっくり話せれば苦労しねーよと思いますが、たしかにまあその機会は必要だ。

…分かってます。実際ダンデの言うとおりだ。
それにすら悪態をついてしまうあたり…おれは本当にダメな奴だ。




とりあえず、今日はカレーの材料を買って帰ることにした。
運良くあいつが帰っていれば食事をしながら話を聞けばいいし、いなければたまには自炊したと言うことで。






家に帰ると、リーガの靴がようやく玄関に戻ってきた。
部屋の電気がついているから、いつものようにこもっているんでしょう。
マリィはいねぇから今日は2人きりだ。

……さて上手く話せるか。



***



部屋にリーガを呼びに行った時は「ああもうおれたちは一緒にメシを食うことすら出来なくなってしまったのか」と絶望しかけましたが、偶然にもリーガの腹が減ったらしく話の場を作ることができた。腹の虫に感謝ですね。


黙々とカレーを食べるリーガに、なんて話しかけようかと頭をフル回転させる。



「最近はどうですか」

……その結果がこれです。いっそ笑ってくれ。
世の中の父親の気持ちがちょっとだけ分かる。


「何その質問」

……本当にそのとおりだ。
もっといい言い方があるでしょう。
だめだ、全然切り口が見つからねぇ。
もう少し具体的に話さねぇとーー


「マリィはチャレンジャーとして頑張ってるみたいです。おまえはどうですか?」


「……オレはマリィじゃないからね」

そう言ってすぐ、リーガはカレーを食べるペースを早めた。
空気が変わった…あぁ、この切り出し方は失敗だった。


(…このまま部屋に帰る気だ)

ここで終わったらチャンスを逃す。
…何とか話を繋げねぇと。


「だからおまえのことを聞いてるんですよ。
最近チャレンジャーとして進みが遅いと、委員長から聞きました。

……でも、バトルがすべてじゃありませんから。おまえが楽しければそれで…」


もともとおれは口調が優しい方じゃありませんから…嫌に伝わってないといいんですけど。

…だからこうやって敬語にすれば、少しは丸くなると思ってこうして話しているわけです。
笑っちまうぐらい単純ですよね。


「……楽しいよ。
普通に友達…とも遊んでるし」

友達、ということばに明らかに迷いがあった。



おれには弟の交友関係を知る術が全くない。

なぜかって、ポケスタはリーガのアカウントを見つける前にブロックされ、部屋の引き出しやクローゼットにはすべて鍵がつけられているからだ。

目隠し布ぐれぇめくってやればと思っていたが、まさかその先の棚にごつい鍵がついてるなんて。
………そんなに見られちゃまずいものでもあるんですかね。



「…その友達のところにいたんですか?
さすがに今回は家に居ない期間が長すぎましたよ」

1週間もいないなんて、これが普通なんですか?
ジムチャレンジならまだしも、委員長の話からするとそれも今は全く取り組んでいないらしい。


「だから別にいいだろ。
他の人に迷惑かけてないし、お金もちゃんと稼いでそのお金で出かけてるんだから」


「それです。
そもそもどうやって稼いでる…おまえのことだから、悪いことはしねぇと分かっていますが、」


「取り調べかよ…
……ごちそうさま!」


リーガは勢いよく席を立つと、食器を雑に洗ってそのまま部屋に篭ってしまった。


(………ああ、またやってしまった)


…これですよ。
あいつの言うとおりマリィに近況を聞く時は全くこんな雰囲気にならないのに、どうしてもリーガに話を聞く時はどうしても取り調べのようになってしまう。


(…おれにも分からねぇんですよ)


おれもマリィも、小さい頃はすぐに泣くし周りと馴染めないしでかなり両親に心配をかけたものですが、反対にリーガは全く手がかからない子どもだった。

おれのジムチャレンジを見にきたときは、大人に囲まれて不安で泣きそうになるマリィの手を取って会場を歩いていたし、周りの大人にもしっかり挨拶をしていて、インタビューにきた記者からは褒められたものでした。


バトルのセンスだって、マリィと戦っていたのを見れば劣っていることは全くない。

ジムチャレンジでもかなり注目されていいはずの実力なのに、あいつは推薦状を手にするなり殆どジム戦に挑むこともなく、もっと頻繁に無断で家を出るようになった。


……たしかに推薦状があれば、未成年が保護者なしであちこちうろついてても何にも言われない。
ジムチャレンジの道中、で済むんですから。


でもこれ以上外泊が続いて、しかもジムチャレンジもしないようなら、いっそ推薦状を取り上げてしまいたいくらいです。

……いや、何変なこと考えてるんだ。



(……?)


何か聞こえる。

ほんの少しの衣擦れの音。
音が近くなっている…音を立てないように、階段を降りてきたんだろう。
…おれに見つからないように。


「リーガ…?」


ーーーーバタンッ!!!


玄関まで行ったが、見えたのは後ろ姿だけだった。
スーツケースを持っていないから、すぐに帰ってくるんでしょう。

……起きて待ってましょうかね。
いや、うざがられるか。


…その友達とやらが羨ましい。
きっとおれより、何倍もあいつのことを知ってるんでしょうね。


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ