此岸と彼岸のあれこれ

□if 酒は飲んでものまれるな
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 忘年会を終えて桃源郷の道を歩く。外は涼しく静かだ。肩にルリオさん足元にシロさんと柿助さん。桃太郎さんに会いに行くそうなので一緒に行くことになった。極楽満月が見えてくる。

「こんばんは」

「あ、鬼灯様。こんばんは」

店の扉を開けると酒の匂い。瑞獣の二方と白豚がまさに酒盛り中だった。今夜はどこに行ってもそれぞれ忘年会をやっている。シロさんたちは桃太郎さんの足元にかけよった。

「雪はどこです?」

「ああ... 雪さんは部屋に戻ってます。天帝からいただいたお酒が気に入ったみたいでがばがば飲んで酔っちゃって、さっき部屋に運んだばっかです」

「お手数かけます」

「いえいえ」

水の入ったグラスを渡され桃太郎さんはシロさん達と話し始める。


「失礼します。雪?起きてますか」

扉を叩いて、足元の方から呂律のまわらない声が小さく返事をした。息をついて扉を開けると案の定というか、もう驚きもしませんが。そばに座って肩を叩く。そばの寝台を見上げれば掛布団がずり落ちていた。布団の端を握っていたらしい手は妙に血色が良い。

「雪。起きなさい」

「...............」

目が開いた。ぼんやりして酩酊しているようだ。

「私が分かりますか?」

「.........ちょう」

否、泥酔かもしれない。

「とりあえず水飲みましょうか」

身体を起こさせ寝台に寄り掛ける。接待でもしていたのか今日の雪は薬を飲んでいた。グラスを両手で持たせてそれでも危なっかしくてさらに自分の片手を添えた。瑞獣たちの笑い声が壁の向こうから響いてくる。

「んん......ふ、ぅ
んふふ」

マタタビに酔った猫のよう。笑う顔は真っ赤になっている。ぐっと煽って水を飲む感じ、まだ酒を飲んでいる気でいるのか。そんなのだから酔いの回るのが早くなる。
とろりとした目で辺りを見渡す。やっと目が合った。

「鬼灯」

「はい」

「酒瓶を向こうに置いてきてしまいました。ちょっと取ってきますね」

そのまま立ち上がろうとして漫画みたいにすっころんだのでしたたか打ちつける前に支えた。白澤様がとっても美味しい果実酒をくれたんです。他のお酒はすっかり下げちゃって。白澤様ったらお酒が弱いのに。気を使わせてしまいました。私が一本空けてしまったせいかしら。心配しなくてもなくならないのに。うちにはお酒の滝があるんですよ?ねぇおかしいでしょう?

「...あら?鬼灯昼間からどうしたのです」

「もう深夜です。雪あなた酔っているんですよ」

私の言っていることが聞こえたかどうか。人の膝の上でふにゃふにゃ言ってる。火照った頬に手をやると嬉しそうに目を細めた。優しい目つきで見つめ返される。目かけられているようだ。例えば幼少期に悪巧みに手を貸してくれたあの神獣のような...例えが悪い。茄子さんを見る茄子さんのお母様に似ているかもしれない。

「鬼灯」

腕がこちらにのびてきて従って袖が落ちた。雪の指先が頬を掠めて目を細めた。露わになった白い肌はほんのり赤くてきっと熱い。膝を立てないでください。はしたないでしょう。ただでさえ着崩れてきているというのに。抱えて布団に入れる。帯を少し緩めた。
見縊らないでもらえますか。
その手には乗りませんから。なんて酔いつぶれ関係なくもともと雪の知る手な訳もない。誰かに伝える必要のない言葉を喉元で言う。強いてあげたくもないが白豚への張りか。気を許してくれているだけ。そう知っているから更にやるせないというか、何時間も待てとでも言われているようで。

「どこに、いくの」

だから手を掴まないでもらえますか。こんな思いをするのはあなただけなのですから。

「どこへも行きませんよ。眠るまでそばにいますから、さっさと寝てしまいなさい」

窓を開ける。吹き込み風ではなかったので煙管を取り出し刻みたばこをつめ火をつけて一服。長く息をついて煙をぼんやり見つめる。
一口。壁の向こうから笑い声。じゃあね桃太郎とシロさんの元気な声がする。
一口。ノック音のち扉が開く。襲うなよ、と。店に置きっぱなしの雪の髪飾りをよこした。

(お前がそれを言うか)

鼻で笑ってやるともの言いたげな顔をして扉を閉めた。雪はもう寝息をついていた。
最後に一口吸う。燃え尽きそうだったのか。口で転がすと苦味が強い。

「......」

火をつける。いくらか吹かして息をついた。雪を見た。そういえば雪が眠っているのを見るのは八寒のあの時以来だ。火照った肌には血色がある。寝息も聞こえて布団が静かに上下する。
寝返りをうって布団を少し剥いだ。酒が入って暑いのだろうか。仰向け、言わす大の字。しばらくして横向きに。いつもの姿勢なのかそのまま動かなくなった。隣は盛り上がっているらしく椅子か何かがひっくり返る音とともに食器の割れる音。いい加減帰れと桃太郎さんが叫んでいる。この間一度も目を覚さない。初めの頃は自分が立てた音にさえ目を覚ましていたのに。
雁首の灰を落として物差にしまい懐に入れると雪の側に行く。

「...ふふ」

寝ながらわらってる。お気楽な。なにか良い夢でも見ているんでしょうね。

(今度はうちに泊まりに来てください)

次の休みはいつになるのやらまだわからないけれどまた何気ない言葉をあなたから聞きたいんです。

「おやすみなさい」





(“おかえりなさい”は聞けなくても、そのほかの色々を話しましょう)


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