彼岸を満喫

□9 黒い影
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「え、一子ちゃんと二子ちゃん店に住んでたのですか」

「うん」「でもスケコマシに追い出された」




ここは閻魔殿。
私は薬の配達に来て、彼女たちは行く道にちょうど現れた。上からいきなり。閻魔殿に住んでいた数日でいくらか慣れていたのだけど間をおくとだめだ。出会った当初のように驚く私に彼女たちはうれしそうにしてた。お化け屋敷で働いたらいいと思う。


「スケコマシ働かないからそろそろ家出ようって思ってたの」

「そしたら先に荷物も全部もって一旦引っ越してった」

座敷わらしは家の盛衰に関わる。なるほど、出て行かれる前に家主自身が先に家を去ったのか。スケコマシもとい白澤様、やっぱり賢い方だ。
でも働くという選択肢はなかったらしい。ううん、ブレないな。


「それ、鬼灯様がくれたの」

二子ちゃんが私の髪留めを指差す。ホオズキをあしらった飾りが綺麗だ。

「ええ、この前一緒に出掛けたとき買ってくれたんです」

「黒い石は?」「まだもらってないの」

「あら、知ってるのですか」

髪飾りの入った紙袋と一緒に鬼灯は小さな箱をくれた。今は私の部屋に置いてある。失くしてしまわないように。たまに取り出してうっとり眺めてる。中は美しい漆黒の勾玉だった。歪さの全くない精巧な出来。

随分遅れてしまいましたが、と鬼灯は続けた。生前の話を覚えていてくれてたのだ。

「部屋で磨き直してたの」「昔作ったって言ってた」

「そうでしたか」

結局あの後原石探しには行けなかったけど鬼灯はこちらにきてから作ってくれたのだろう。
また会えるとも分からなかったろうに。

(うれしいなぁ)


法廷を抜けて短い廊下を歩いてく。その先が鬼灯の仕事部屋。
今日も閻魔殿の門の前には沢山の亡者が並んでいた。大盛況とはいっても地獄行きの亡者も混じっているのだからなかなか危険。鬼灯は管理職、デスクワークが主だが現場で働く獄卒の方々はいかにも屈強そう。
地獄行きの亡者は天罰鍋の時のように処さないといけない。鍋で煮て食うのは動物じゃなくて同じ人間ですらある。残酷に見えたけれどここではこれがルール。生前での罪の精算。


「皆さん元気にしてらっしゃいましたか?閻魔様もシロさん達も、金魚草たちも」

「うん、元気にしてる。この前鬼灯様が肥料変えてた」

「浄玻璃鏡」

「閻魔様とシロちゃんたち見てたよね。桃太郎さんが生まれるところと鬼灯様の黒い熊みたいなの」

「タスマニアデビル」

「コアラかわいかった」

「ね。あと閻魔様のぎっくり腰」

「電気と針と蹴りとかで鬼灯様が治してた」

「西洋の蠅も接待してた」

盛りだくさんの様子。いくらか突っ込みたいところがあったけどそろそろ着く。あとで詳しく聞いてみよう。



(......あれ)

視界が一瞬ブレたような。すぐに戻ったので気を取り直して扉を叩く。

「失礼します。極楽満月です」

ドアを開ける。鬼灯は机の前で紙面と向き合っていた。


「雪さんですか。一子と二子も」

「薬の配達に来ました。薬は医務室の方に確認していただきました。判子をお願いします」

机には届かないので鬼灯の方へまわり込み書類を一枚渡す。
鬼灯が読んでいる間に周りを見てみる。意外と広い部屋だ。閻魔様も来るからかな。
机から金魚草の置物がのぞいている。そばの柱1本にだけ植物が絡みついていた。

(なんでこの柱だけ砕けてるんだろう)

このデスクワークの作業場で大理石が砕けるようなことが起こったのだろう。一体何を力いっぱいぶつけたらこうなるのか。

「はい、確かに。
お茶にしませんか?そろそろ昼休憩なので飲み物くらいなら出しますよ」

「雪、遊ぼう」「一緒に遊ぼ」

鬼灯から判子のついた書類を受け取る。

「いえ、この後桃太郎さんのお手伝いに行かなくてはいけないので。

一子ちゃん二子ちゃん、今は遊べませんが閻魔殿の外まで見送りしていただけませんか。おしゃべりしたいです」

書類と風呂敷を片手に一子二子ちゃんと法廷に向かう。

法廷を抜けるまでおしゃべりをして、2人にお礼を言って別れた。
地獄と天国を結ぶ門まで歩く。



「......ん」

門までもう少し。風邪だろうか、頭がぼうっとする。血の気がひいていくのがわかった。地面がぐにゃりと歪んで見える。...うん、門をくぐったらちょっと休もう。


門の目の前まで近づいたところでたまらず膝をついた。冷や汗が地面にしみ込んでいく。あれ、どうしよう。
左の首筋に手を伸ばす。熱い。皮膚に焼き入れでもされているみたいだ。何が起きてるの。わからない。息ができない。

(くるしい...!)





「ほら、気がついた?どうしたの、ここでひっくり返ってたら危ないわよ」

誰かに揺すられている。目を開けると見慣れた顔。

「牛頭さん」

「大丈夫?具合悪いなら天国まで送っていってあげましょうか」

いつの間にか意識が飛んでいた。
さっきの焼けつくような痛みはすっかり消えていた。
首筋に触れる。さっき紋様が熱くなった気がしたのだけど。朦朧としてたからはっきり思い出せない。でもおそらく風邪じゃない。

「いえ、大丈夫です。お世話かけました」

「仕事もほどほどにね。あなた身体が小さいんだから」

牛頭さんと馬頭さんは配達の行き帰りに門の前で一声かけてくれる。さっきのように親切で優しい。

私はお礼を言って門をくぐっていった。
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