彼岸を満喫

□4欠けたもの
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「話を聞くまで雪はこちらで預かります」

「何がききたいの」

「そうですね。まず雪とあなたの関係。声のこと。今までどこで何をしていたかも」



カウンターにはお茶が2つ。白澤はため息をつくと一口飲んだ。当の雪は向こうのテーブルで兎とふれあっている。桃太郎がお茶の入った湯のみを置いてくれたので頭を下げる。


「関係ねぇ...本当に複雑なんだよ。さっきも言っただろ。今の雪ちゃんは不安定な存在なんだ。
魂を持たないからあの世を漂うことしかできない。いつ壊れてしまうかも穢れを取り込んで災いを招くモノに成ってしまってもおかしくないんだ。
その危険性から僕は天帝から命をうけて神獣白澤として雪ちゃんを眷属に迎えることになってる。
雪ちゃんが嫌がって契約はまだなんだけどね」


白澤は耳飾りをいじりながらだるそうに言った。

「眷属の件はまず保留です。
魂がないとはどういうことです?」

「神が供物に選ばなかったら生贄の人間もただ普通の亡者になるんだよ。
お前は鬼になったからイレギュラー。方向は違うけど雪ちゃんも一緒。雪ちゃんは供物になった訳じゃない。
彼女は雨乞いの儀式の供物にされたらしいけどその魂を喰ったのは水神とは別の神だ。
いるんだよ、気に入ったからってそいつの魂喰っちゃうやつ」

「魂がない亡者は転生できない。だから今まであなたのところにいたんですか」

「いーや、嫌われちゃって合って数年もたたないうちにどこかに逃げて行っちゃった」

「どうせその浮気性に一緒に暮らしてて嫌になったんでしょう」

「雪ちゃんみたいな子は鬼にも妖怪にもなれないし転生もできないから神の眷属してしまう。
放っておいたらたいていは悪いモノになってあの世を荒らす。成れ果てを生んだもとをたどれば神々の立場だとか都合が悪くなるから懐にいれて眷属にしてしまう」

「それで今回雪はあなたのところに、ということですか。

あなたたちへの決まり事もしっかり立てていかねばなりませんね。身に沁みました。
供物に生贄を欲するくせに気に入らなければ放っておく。あげくは魂を喰って死んだ後も不自由にさせるなんて」

「勝手に人柱を立て出したのも人間だよ。元々生贄なんて好まない神もいるんだ」

沈黙の重たさを感じ取った雪と手の空いた桃太郎はお互い目が合い、桃太郎が雪に話を振ったのだが雪が喉の前でばってんをつくり話は閉じる。
ちょっと待っててくださいね、と桃太郎はペンとチラシの裏紙を持ってきて静かな会話が始まる。
しばらくすると雪が桃太郎に笑顔をみせるようになった。肩越しにそれを見ていた鬼灯の目が和らいだのを白澤は見逃さない。じろりとした目を鬼灯にやった。

「ここまでは分かった?」

「はい。問題ありません」

「じゃ、込み入ってお前に頼みたいんだけど。契約のこと、お前からも彼女に説得して欲しい。
もうこれ以上は、僕だって彼女が壊れるのなんか見たくないんだ」

白澤は鬼灯を見ながらが自分の喉を人差し指にあてる。しばらく沈黙して鬼灯は雪を振り返った。



「はい、雪ちゃん。もういいよ。こいつに話してみてくれる?」

白澤様の手が私の首筋から離れる。額の目玉も前髪で隠れてしまっている。

「こんにちは。お着物、ありがとうございました」

ざらついた自分の声にいくらか咳をする。

「どこか違和感はない?」

「左の首筋がじんじんします。熱いです」

「じきにおさまるよ。僕の紋様ができてるね」

今度はもう一度、白澤様はそっと私の首の紋様に触れた。頭がぼんやりしている。まるで何かぽっかりなくしてしまったよう。
白澤様が私を愛おしそうに見つめてる。どうしてそんな顔をするんですか。

話はあらかた終わったようなので桃太郎さんに湯呑みを返しお礼をいう。今日私はどちらの家でお世話になるのだろうか。今後も山で暮らすのなら金を稼がなければ。あの山は住むにはなかなか険しかった。だから人里まで下りて行ったのだけれど。
白澤様はここに住まわせてくれるのだろうか。聞いてみなくては。それなら鬼灯さんに断りを入れておこう。

二人は何やら言い合っているらしかった。待っていよう。昔と比べて棚には薬のストックも増えている。白澤様は今薬屋を営んでいる。新しいことを教えてもらえる日々は楽しかった。
いったい私はどうしてここを出て険しい地獄の山で暮らしていたのだっけ。まだ熱を帯びる紋様をなでて窓から差し込む光を見た。暖かい。桃源郷は空気が澄んで心地よい。


「雪さん」

呼ばれて二人のもとに戻る。白澤様は不満そうな顔をしていた。
鬼灯さんはしゃがんで私と目線を合わせてくれる。前から思っていたのだがやっぱりこの人は優しい。


「私が分かりますか。私は丁です。生前あなたの村で一緒に仕事をしていたおのこがいたでしょう。覚えていますか」

「......」

「あなたはよく水がめを落としていましたよね」

「...ちょう?」

鬼灯さんは深く息をついた。

「採集では味音痴で不味いものばかり食べさせてくるし手先は不器用。どうしようもないドジで間抜けで」

「ちょ、ちょっと。ね、丁。非難が過ぎていますから!」
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