彼岸を満喫
□3次から次に
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「これもいいわねぇ」
お香さんは反物をもう一つ腕に抱えた。ふり返り私に向かってにこっと笑いかける。
「雪ちゃんは何色が好きかしら」
「白以外でおねがいします。目立つ色がいいですね。迷子になったら困りますから」
反物の一つを指さす前に鬼灯さんの言葉に流れてしまう。
今は3人で着物屋に来ている。あれから鬼灯さんと話をして色々と落ち着くまで面倒を見てもらうことになった。まだ1日ほどしか経っていないけれど鬼灯さんは私の扱いをよく分かっているようだ。何気ない動作に気配りを感じる。
「せっかく休みだったのに、付き合っていただいてありがとうございます」
「いいのよ。服を選ぶのは楽しいものね。雪ちゃんはお友達って聞いているけれどどこで知り合ったの?」
「......生きていた頃村で一緒に働いていたんです。本人は覚えていないようですが」
鬼灯が雪を見、声を落としてお香に話を続けた。2人と離れて雪が反物に夢中になっていた時の話である。
一つの反物に惹かれていた。美しい反物だった。絹の柔らかな明らかに上物で純白の反物。無地で周りのもののような美しい模様はないけれどこれが一等に目を惹いた。どこかにこれの黒色はないだろうか。
「お香ちゃーん!」
内側から揺さぶられるような感覚にばっと店の入り口を振り返った。
お香さんの名前を呼んだらしい白い服の男は私を見てぽかんとした。白澤様はぽつりと私の名前を呼ぶ。
後ずさりをした私をに柔らかい笑みをむけた。
「まったく、すごく心配したんだよ?」
着物屋はそんなに広くない。私は反物の棚で白澤様と距離をとりながら出口へ走った。後ろを振り返れない。ちょっと雪ちゃん、転んじゃうよ。なんて。優しい言葉をかけないで。言葉の内側は冷え切っているというのに。
ぐんっと体がつんのめり動けなくなる。手首を、掴まれた。ここまでだ。目の前が暗い。
「どいてくれる」
振り向くと黒い着物のうしろ姿。手首をつかんだしっかりした大きな手は私を守るようだった。嫌悪感むき出しの白澤様が私に視線を落とし、鬼灯さんが私を背中に隠す。
「雪に近づくな」
「僕は彼女に正式な用事があるんだ。そっちこそ退け」
鬼灯さんの低い威嚇の声。久しい白澤様の声は冷え切り怒りがにじんでいる。空気が張り詰めた。後ずさると鬼灯さんの手に力がこもり引き寄せられた。
「はいはい、2人とも。一旦やめましょう。雪ちゃんも怖がっているわ。どこかお茶にでも行ってお話しましょ?」
手を叩いて白澤様と鬼灯さんの間にお香さんがが入る。
お香さんの視線に店内を見渡すと着物屋の他の客たちが不安そうにこちらを見ていた。
話が長くなりそうだからと反物をいくつか選んでもらいお香さんとはそこでお別れになった。店員の採寸を終えると真顔の鬼灯さんと笑顔の白澤様に迎えられた。
「行きましょうか」
そう言って鬼灯さんは私を持ち上げて抱えた。え、なんで。
所変わって桃源郷。
地面にいる兎たちとかすかな桃の匂いのするここは覚えがある。下ろしてくださいとばたばたしていたら鬼灯さんが不思議そうな顔をした。
「何もしないよ、大丈夫。今日はこいつと話すだけだからね」
白澤様からなだめられた。扉が開く。なつかしい薬草の匂いがした。
(おまけ)
「話すことなんてないけど。雪ちゃん返してくれる?」
「本人、嫌がってましたけど」
「...彼女はお前の手に負えない」
「.........」
「おい。僕がおぶる」
「爺に任せられません」
「はぁ...!?」