彼岸を満喫
□2 わかってない
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「鬼灯様」「鬼灯様」
声の方へ目線を下げると一子と二子。
「どうしましたか」
「起きたよ」「あの子起きた」
「わかりました。すぐ行きます」
鬼灯は文字通りすぐ朝食を食べ終えて食堂を後にした。それを見ていた閻魔は微笑ましそうに笑っていたとか。
「あの子喋らなかったよ」「何にも言わないの」
鬼灯と座敷わらしたちは廊下を歩いていく。活気付いていく閻魔殿はこれから亡者を招き行い相応の、しかし耐えがたい刑罪をもその身に科していく。1、2時間もすれば法廷から弁解の言葉と醜い叫び声、実は柔らかい性格の閻魔の判決を下す威厳のある恐ろしい声が響くことだろう。
「驚いたのでしょうね」
「違う、そうじゃないの」「声が出ないの」
まんまる黒い瞳が鬼灯を見つめる。鬼灯は小首を傾げた。出会ったときはしゃべっていたはずだ。
「あ」
3人の声が揃う。それはちょうど自室が見えてきた頃だった。自室の扉から子どもが半身をのぞかせていた。雪だ。自分たちに気づいてなんとそのまま部屋を飛び出していってしまった。
が、人間と鬼の身体のポテンシャルには差がありすぎる。慌てることなく駆け出した鬼灯は雪の手首をあっさり捕える。手首を掴まれたまま雪は抵抗をやめなかった。必死に体をよじっているが無理な話である。
身長差が相当あるので雪のつむじが見える。髪は寝起きでばさばさ。その身にまとう小柄な獄卒用の着物は自分がベットに置いておいた間に合わせだが着付けを知らなかったらしい。加えて不器用がたたりもうほとんどはだけている。体は幼いままだが胸元を隠す恥じらいある仕草に女性らしさを感じる...断っておくがそういう特別な趣味はない。しょうがない、男ですから。ましてや意中の相手。
「ほら、戻りましょう。勝手に出歩いては危険ですから」
着崩れを適当に直そうとこちらを向かせ、鬼灯はやっと雪のこわばった表情に気づいた。怯えている?周りは知らないものばかりだから。でもそれよりまず目の前の、ああそうか
(私が分かっていないのですね)
自分は背丈が伸び声変わりもしたのだから仕方ない。話せば済む話だ。
自分は丁で、生贄になる前に恨みで鬼に成ったと。あの村人たちを全員拷問にかけていることも伝えておこうか。雪だってもうあれに怯えて暮らさなくて良いのだ。少し嫌がるかもしれない。けれどそれ以上にもう大丈夫だと安心させたかった。
「雪、私は丁です。あの村で一緒に召使いをしていた子供がいたでしょう」
雪は懇願するように顔をゆがめて口を開く。喉元から空気の漏れる音が聞こえる。何か言っているようだ。どうやら座敷わらし達の言っていた通りらしい。口元を見つめる。
『離してしてください。嫌です、やめて』
その繰り返し。拒絶の言葉だった。怯えた顔で見つめられてずくりと胸が痛んだ。
覚えていないらしい。少なくとも私と過ごした生前の記憶は。正直大分ショックだ。その反面で別の疑問がわく。
雪が生贄になってから現在までの数千年間を自分は知らない。今の雪にそちらの記憶はあるのか。一体彼女はどこまで覚えている?
まるっきり記憶が無いとすれば今の雪は完全に記憶喪失である。
「雪さん」
名前を呼ぶと肩が震える。どう見ても容姿は雪なのにこんなに拒絶を示すなんて。掴んでいた手首を離し雪の前にしゃがむ。
花街で出会った時のように。全くの他人として相手するように。事務的な言葉に雪は小さく頷いてくれた。今はこれでいい。正直聞きたいことは山程あるが今はゆっくりいくことにしよう。
「それでは戻りましょうか」
(おまけ)
その後の食堂
「閻魔様、ここ失礼させていただいても?」
「あ、お香ちゃん!どうぞどうぞ」
「鬼灯様、ものすごい勢いで食べていらしたけれど何かあったんですか」
「友達の看病をしてるんだよ。熱が高いからしばらくそばに居たいって」
「あら、鬼灯様のお友達?誰かしら?」