彼岸を満喫
□1再会って突然
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花街。それは揺れながらあっちへふらふらこっちへふらふらと歩いていた。毛皮にすっぽり覆われており中に何がいるのか見当もつかない。鬼灯は自らの足元に向かって歩いてくる毛皮をじっと見つめた。座敷わらしくらいの大きさだろうか。
「もし」
ちょうど足元にきたところで鬼灯は毛皮の前でしゃがむ。酒の匂いはしない。酔っ払いではないらしい。少しだけ汗の匂いがした。
「大丈夫ですか。不慣れなら案内しましょう。これでも官吏を務めています」
衆合地獄にきた客とは思えない。道案内をして早々視察を始めてしまおうと思っていた。毛皮がか細い声でなにか呟く。幼い女の子の声だった。
「すみません、もう一度お願いします」
毛皮が前のめりに倒れこむ。鬼灯が受け止める。毛皮が盛大にずれた。触れた肩口が熱をもっている。熱があるのだろう。それも結構高い。
毛皮がゆるゆると顔を上げた。言葉を失ってただただその顔を見つめてしまう。長らく見なかった彼女が幼子の姿のまま自分の目の前にいた。
「......雪、ですね?っ今までどこに、」
「薬を」
雪は鬼灯の言葉に反応しない。ふぅふぅと苦しそうにして崩れ落ちた。
「薬、をくださ、い」
水桶と手ぬぐいを片手に自室の扉を閉めた。いつも自分1人の空間に他人の息づかいが聞こえる。ベットの上で雪は気を失ったまま。手ぬぐいを冷水に入れてゆるくしぼる。唸っている雪の顔にあてた。額の汗をぬぐって首筋も。眉間のしわが少し和らいだのを見てもう一度冷水につけてしぼり、額にのせた。机の上の乳鉢を取る。中の薬を煎じて湯呑みに注ぐ。少し冷めたら起こして飲ませておこう。あの毛皮は雪がなめしたものらしかった。率直に言えばめちゃめちゃの出来だったのですぐわかった。毛皮の下の服もよごれてくたびれていた。
(いままでどこにいたんですか)
鬼灯が地獄にきて数千年経つ。その間雪は?どこで何をしていたのか。なぜあの頃のままの姿をしているのか。亡者のリストに雪は載っていないから輪廻に戻っていたわけではない。今日まで彼女はまるで神隠しのように消えてしまっていた。
亡者でないなら私と同じように鬼になったのか。否、髪を触ってみても角は見当たらない。
では水神の仕えになったのか。知ってる限り水神に雪を知っている者は居なかった。疑問は尽きない。雪の髪に指を通すと絡まってしまった。髪の状態も良いとは言いがたい。あとで風呂にいれましょうか。
「......ぅ」
「雪?」
薄く目が開く。ぼんやりしているようだ。薬茶をそばに引き寄せてから雪の背中に腕をまわし肩を抱く。体を起こすと頭がかくりと後ろにいってしまった。力が入らないのだろう。手で後頭部を支えなおした。
「雪、雪。わかりますか?飲みなさい」
口元に湯呑み持っていく。大人しくそのまま飲んでくれた。が、途中噎せて鬼灯の服と布団が大惨事になった。鬼灯にしてみれば慣れきったいつものご愛嬌である。あとで替えのものをもらってこよう。
それしてもあの雪が解熱作用のある木の実を見つけられないとは。地獄の山では木の実の実りが悪いのか。そもそも雪はいままでどこに___
ため息。これでは堂々巡りではないか。
雪は眠り込んでしまった。顔に飛んだ薬茶の水滴を拭いて布団を掛けなおす。
ともかく彼女が見つかった。休ませて、一通り落ち着いたら二人で何をしようか。
雪の手は小さくて自分の手のひらに収まってしまった。会わないうちに自分だけが大きくなってしまった。ガサガサになった小さな手を撫でて指を絡める。息をついた。心残りが消えた。手の届くところにいてくれるならもう、
「もう離しませんから」
聞こえていなくて構わない。雪、ゆっくり休んでください。
そっと手の甲に口づけを落とす。ほとんど無意識の行為だった。我にかえってらしくないと思った。
(おまけ)
数時間前の閻魔庁。
「えっ、鬼灯君いきなりすぎない?」
「急ですみません。午後からの仕事の引き継ぎの手配はしてありますので、あとはよろしくお願いします」
「いいけど...ね、さっきの毛皮の小さい子は」
「それでは失礼します」
<口づけ講座>
手の甲:敬愛、親密な関係を望む、独占欲