短い話(中身)
□【ONEPIECE】うっかりさんは見た
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浮いていくゲルを見ていたらそれは一瞬後薄い膜の球体に姿を変えた。ゆらゆらを空へ上り始めるそいつ。シャボンディ諸島内はどこもかしこもシャボンが上っている。
「レイ!」
名前を呼ばれて下を見たらペンギンが手を振っている。ヤルキマンマングローブの根っこからひらりと降りて彼のそばに行く。
「ペンギン、どうしたの。
早かったね。みんなはまだ?」
ペンギンはみんなのお母さんだ。なんでもテキパキこなして次の仕事に向かってしまう。そっけなく見えるけどいつのまにか私たちの世話に付き合ってくれてるのもペンギン。島に上陸した時はさっさと用事を済ませてしまって、でも船に戻るのはいつも最後。誰かの面倒ごとに巻き込まれてるか、誰かの備品の買い出し忘れを買いに行ってくれてる。
なのに今日は彼が最初に集合場所に集まってるなんて。
「みんな遅いよね。ペンギンが2番目だなんて」
「バカ、レイが最後だよ!なんでこんなとこにいるんだよ」
「...?13番グローブに集合って言ってたでしょ。キャプテン」
「にじゅう、ななだ!27!どこをどう聞き間違えたらそうなる!?」
ペンギンは私の手をむんずと掴むと大股に歩き出す。またやっちゃった。また聞き間違えたんだ。手を引かれるのは慣れてしまっていて、私はかけ足についていく。
「お母さんごめんなさい」
「誰がお母さんだ」
ポーラータング号の黄色が見えてきて私たちは足を早める。船の上で長身の黒服がこちらを見ている。遠目でもわかる。帽子の下からのぞく目は苛立ってすこしぎらっとしてる。白と黒のまだら模様のアニマル帽子は単体ならかわいいのにキャプテンが被ったらかわいさなんて完全に消え失せてしまう。
「キャプテーン!レイいましたー!!」
「遅い。どこにいた?」
「13番グローブ。ごめんなさい、また聞き間違えてた」
「...いいか遥、」
ポーラータング号に上がった私たちにキャプテンは近づくと私を見下ろす。
「もし俺たちが海軍に追いかけられて先に出航してたらどうする気だ?」
「それなら私の「自分の能力ばかり頼るな」」
右手に集めた白い光が消える。
「誤って海楼石にでも繋がれてたら?」
「...様子見て、逃げ出す」
「その間に俺たちが海軍に捕まったら」
そんなことあるわけがない。
真っ先に浮かんだ言葉を消す。キャプテンが真剣な顔で私を見ているから。
キャプテンは私の手の届かないところで仲間が危機にあったらどうするのだと聞いているんだ。
「この身と引き換えにみんなを元の場所へ」
私の言葉に、キャプテンは一瞬あっけにとられた表情をしてそれから眉間に皺を寄せ鋭く睨んできた。大変だ。また間違えてしまったのか。
「能力に、頼るな」
腹の底から唸るような低い声。
「お前の能力でこれまでの冒険が振り出しだなんてそんなくだらねェこと俺もこいつらも望んじゃいない。
命令だ、遥。これから2週間能力を使うな」
――――――
「レイ。海楼石何日目?」
声にびくりと身体を揺らしてレイはうずくまった。
「なんだ。ベポか...」
「ふわふわの癒しのクマだよ」
「自分で言うの」
両手を広げたベポに遥はゆっくりと動いて抱きつく。今日もくたくただ。掃除に洗濯。みんなのご飯はもちろん船を浮上させた時の掃除も。腰にロープを巻いて海面すれすれまで宙吊りになってブラシで側面をこすって汚れを落とす。
「反省した?」
「何を反省するの」
「キャプテンだってレイのそういうとこ心配してるんだよ」
「どこ?」
「自分を犠牲にするとこだよ」
ベポはうんうんと一人で強くうなづいている。ベポの言う通りには思えず、それでも自分の気持ちを変える気も起きずに私は獣臭い白い毛皮に埋もれた。疲れが取れた気がする。アニマルセラピーだ。
コンコン、と部屋をノックする。廊下の奥へ進むまでに船員の大きないびきを聞いた。
「キャプテン」
プレートのおにぎり2つは夜食と早めの朝ごはんをかねている。朝ごはんもみんなと食べて欲しいからおにぎりはこれでも少なめ。キャプテンもまだまだ食べ盛りな歳だからね。年下の私に言われても、ってなるかもしれないけど。
扉を開けると机に突っ伏したキャプテンがいた。寝てる。珍しいや。
さっき夜食を持ってこいってキッチンに来ていたのに。ああそうだ。あの時はまだお米炊けてなかった。部屋の時計を見るとキャプテンがキッチンに来た時間からもう1時間経っている。
珍しくちゃんと...椅子で寝てるからちゃんとではないけど、熟睡してるみたいだ。プレートをおいてキャプテンのベッドからブランケットをとって肩にかける。
「!?っ...」
「......、ハ」
視界が天井を向いたのは一瞬の出来事で目の前にキャプテンがいる。床に身体を打ったけどあまり気にしなかった。それよりもキャプテンだ。
「キャプテン...顔、真っ青」
なんて苦しそうな顔をしてるんだろう。相当嫌な夢でもみたのか、キャプテンは浅い息をしてどこかまだ夢の中みたいにぼんやりしていた。
「...なにしにきた」
「お夜食持ってきたんですよ」
「......今か」
「さっきはお米まだ炊けてなくて。すみません、キャプテンがキッチンに来てからもう1時間も経っちゃいました」
話しているうちにキャプテンの目が正気に戻っていく。少し安心して立ち上がろうとしたらキャプテンは退いてくれなかった。
「キャプテン、退いてほしいんです、けど」
潜水艦の中は昼夜の感覚が分からなくなりがちだ。ご飯担当は船員の生活リズムを狂わせない役目もある。朝ごはんの準備がまだ途中だった。
キャプテンは私を見たまま。見てるっていうか、目をこっちに向けたまま何か別のことでも考えてるみたい。
「キャプテン?」
「気は変わったか?」
「?なんのでしょう」
「お前に能力を使うなと言った。そろそろ2週間だ」
それ今聞く?とか頭に片隅で思いながら私は自分の上に乗っかっているキャプテンを見上げた。わりと真顔で聞いてくるからとりあえず雑念を払う。口を開いた。
(...いいえ、って言ったらまた何週間か延ばされるのかな)
ベポはキャプテンが私を心配していると言ったけどそうは思えない。もちろんキャプテンはみんなのこと気にかけているし、大事におもってくれてる。でもあの言葉はそんな温かいだけのものじゃない。みんなの前ではあったけどきっと全部キャプテンの本心だ。
私たちは海賊だから。どんなに危険なことがあっても命をかけて冒険するのに生涯かける気でいる。正確にはキャプテンにどこまでもついていく気で。
私の悪魔の実の最上級の能力は私の命と引き換えに一度だけ今までを“なかったこと”にすることができる。無かったことにできるのは能力者が生まれてからの日々。つまり世界の時、建造物も記憶も技術も私が生まれる前まで後退する。無かったこととして消滅させてしまう。
これまでの冒険で病や戦いに倒れて帰らぬ人になった仲間がいる。彼らの意志を、失っても続けてきた今までの冒険を、私のリセット能力は踏みにじるだろう。
(それでもキャプテンには生きてほしいじゃん)
もし未来が変わって仲間になることのない船員がいたとしても、キャプテンがまたみんなを引き寄せてくれるって信じてる。
みんなで冒険するの、楽しいんだもの。
「迷ってるのか」
「結論はでました」
「この状況で熟考するやつがあるか」
「へへへ」
「さっさと言え」
「私はキャプテンが生きてくれてさえいたらいいから。」
そしたらまたみんなの冒険を始めることができる。
笑って言ったらキャプテンの顔色が心なしか悪くなる。怒らせたかと思っていたら胸ぐらを掴まれた。冷や汗。やばい、本当に殴られてしまう。
「......嫌いだ
嫌いだ。お前ら、みたいなのは。俺は...ッ」
キャプテンがおかしい。今まで聞いたことないみたいな弱々しく震えた声。上に乗っかっているのに俯いてしまって顔がよく見えない。
らしくないって、そんなのではねつけちゃダメ。キャプテンも人間だから弱気になることだって。でも、どうしてこんなに苦しそうなの。いままで上に立つことをうまくこなしたあなたがどうして。
「.........いかないでくれ」
「キャプテン」
絞り出すような声。キャプテン、迷子みたいだ。
不安になってつい言葉が先行してしまう。後に言葉を続けられず私はとりあえずキャプテンの手を掴む。今のキャプテンはほんとに弱ってる。船員に見せられないくらいに。って私もクルーだけど。
(......あ?)
じわりと熱を帯びたキャプテンの手首。触れたそこに違和感。ちょっと失礼してキャプテンの首に腕をのばす。熱い。
ハートの海賊団はキャプテンを中心にしたお医者の船。死の外科医は飾り名じゃなくてキャプテンも立派なお医者さんだ。当然オペを手伝うクルーにも少々の知識程度なら自然とつく。
「キャプテン、熱、」
言いかけてキャプテンの身体がぐらりと傾く。
「___っちょ、きゃっ!!!」
「3日は安静にしてください。あ、起床も就寝時間もこっちで管理しますからね」
ペンギンの言葉にキャプテンは自室のベッドの上で隠すことなく舌打ちをした。ペンギンはスルー。慣れてるなぁ。
「お前もびっくりだよ。あんな女の子みたいな声出せるの」
「シャチは私をなんだと思ってる?」
「ガキ」
「っふ、そんなガキの声に釣られて勝手にキャプテンの部屋覗いた命知らずは誰かな」
「テメェら二人して身体入れ替えてやろうか」
頭に響く、とぼやき能力のハンドサインをするキャプテン。私たちは口を閉じる。ごめんなさい。
キャプテンはただの風邪だった。不摂生がたたっただけだ。弱った身体で浮上して変な感染病にかかってもらいたくない。潜水してる間に完治してもらおう。
「レイ、お前はこれ」
キャプテンに体温計を渡したペンギンが今度は私に差し出す。
「貝?...あ、トーンダイアル」
紐付きのトーンダイアルを首に下げる。ぴったりだ。
「これ...?」
「商船がいたからシャボンディをでる少し前に買ったんだ。長期の録音ができるらしい。
もともと海楼石つけるのになったのはレイがぼーっとしてるからだろ。聞き逃さないように一日中つけとけ。聞きのがしたら、聴く」