短い話(中身)
□【銀魂】薬屋の片想い
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やらかした
件名は無し。たった5文字の本文に私は薬箱をひっつかんで飛び出した。屯所は宿舎の目と鼻の先。行った先でもしばらく待ってなきゃいけない。きっと傷だらけで帰ってくる。
【薬屋の片想い】
固く閉ざされた屯所の門を叩くと夜番の男はのっそりと姿を現した。
「なんですかお嬢さん」
「土方さんに用がある。出して」
男は億劫そうにわずかに口元を動かした。頭を掻いてため息を殺した。
「もうお休みになっているよ。悪いけど明日出直してくれませんかね」
男は隠すことなく面倒くさそうに私を見た。そこにほんの少しの侮蔑がまじってみえた気がして気分が悪い。土方にひっかけられた女とでも勘違いしているのだろうか。
薬箱を包んだ風呂敷の端をはじきながら屯所の門の向こうをにらむ。寝ているだと?あれほど退くんに隈をこさえさせておきながら?
「副長はよくやるよ」
先頭に立って威厳を示す顔なんだけどね。夜の方がはかどるっていうから仕方ないよ。
眉を下げて苦笑い。退くんのよく見る表情。私は嫌いだった。すぐ頭に浮かぶそんな退くんの顔。そうしてお茶出しにまわって退くんは夜を明かすのだった。
やっぱり若いからかもしれないね。
隈をこさえた退くんはさんざん口をこぼした後にあの笑みを浮かべてそう言って晴れた顔をした。
この間の団子屋での出来事だった。
「土方!」
屯所の門を睨んだ。腹の底から出した声は暗闇に吸い込まれて消えた。夜番の男が慌てて私に詰め寄った。きっと聞こえたはずだ。起きているでしょう、土方十四郎。
やがて小門をくぐらされ私の草履は石畳と砂利の敷かれた屯所の地面を踏んだ。和装の土方は灯籠のそばで袖に手を入れ腕を組み立っていた。
「なんだよこんな夜更けに」
「山崎さんが任務をしくじった」
私の言葉に土方は動きを止めた。それも一瞬で懐からタバコを取り出してくわえる。
「メールが来たんです。ほら」
私のケータイを見た土方はゆっくり煙を吐く。何も言わない。私が言い終えるのを待ってるみたいだった。
「助けに行ってくださいよ」
土方はまた煙を吸う。転がして味わった後、長く吐いた。
「痴話につき合わせるな。俺ァもう寝る。
大体山崎が任務だなんて誰から聞いた」
「そんなの山崎さんに...」
「山崎が軽率にも職務内容を一般の民間人に言うとは思えねェ。
あいつは監察だ。他の隊士と比べて持ってる情報の重みが違う」
私を射抜く。怖い目だ。鬼の副長と呼ばれるだけある。
痴話だなんて。まだ付き合ってもいないのに。けどこれでますます確信が強まった。やっぱり退くんは今晩危険な任務をしていたんだ。監察がどんな役割を持つのか知らなかった。ヒラ顔の退くんが存外重要ポストにいたということも今知った。親しく話せていたつもりだったのに何も教えてもらえてない。寂しかった。
「で、誰から聞いた」
「...一昨日の晩に山崎さんがうちの薬屋を訪ねてきたんです。店の裏手から」
正確には割れてしまった鉢を店の裏口に出していた時たまたま見つけたんだけど。
「足を引きずっていて、顔が真っ白だったから薬壺を渡したんです。そのまますぐどこかに行ってしまったけど」
店から急いで裏口に戻った。待っていて、と言ったけど急いでいたからもうどこかに行ってしまったかもしれない。
息を切らせて戻ると退くんは店の裏手のさらに影になる大きなゴミ箱のそばにしゃがんでいた。薬壺を渡すとあの苦笑いを浮かべてすぐに去ってしまった。いつもの隊服とは違う軽装で夜に消えた。いつものやさしい退くんと違ってとってもかっこよくてどきどきした。
薬壺を渡した手に血液がついていたのは後で気づいた。
「何か話したか」
「何も。なんせとっても急いでいたから」
土方は何か考え込んでるらしかった。ややあって上がってくれと言われた。
半刻もたたないうちに屯所内は騒がしくなった。一部隊が出てくのを見送った。武装した彼らの出動は圧巻で見ているこっちも気が張り詰めた。出て行った彼らは偵察。連絡次第では土方たちも動き出すという。
「にしてもよく山崎のアドレス手に入れたな」
彼らを見送った土方はようやく私に関心を示した。
あのアドレスは大切なものだ。
ケータイを包む。心臓をばくばくいわせながら尋ねた。退くんはわかりやすく動揺してお団子を2本も土に還した。それでほんのり赤らめて困ったような照れたかわいい顔をして懐からケータイを取り出した。ぐうと胸の下が熱くなった。期待してもいいのかなと思ってしまった。
冷静に考えてみれば退くんはさほど女の子たちからに懇意にされてないみたいだからただ単に女の私にアドレスを聞かれてうれしかっただけなんだろう。でも、と気持ちが浮ついてしまうのはすっかり惹かれてしまったからだ。
(絶対振り向かせるから)
だからどうか無事に帰ってきてほしいの