短い話(中身)
□おやゆび姫
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むかしむかしあるところに、子どものいない夫婦がいました。なかなか子どもを授かることができないので、松代は魔法使いデカパンのところへ行きました。
「これがいいダス〜」
デカパンは種を渡しました。遠い国から来た商人にもらった妖精のタネだといいます。帰ってタネを植えると、土の中から何かが動き出し、あっという間に芽が出て大きな赤いつぼみをつけ、チューリップを咲かせました。よく見てみると花の真ん中に小さな女の子が座っていることに気がつきました。
「あらまあ、なんてかわいらしい!」
女の子は不思議そうな顔をして松代を見上げます。松代は女の子を手のひらに乗せていとおしそうに見つめました。松代は女の子に「おやゆび姫」と名付けました。
おやゆび姫は歌が得意で、甘くやさしい歌声には誰もがうっとりしていました。
ある夜、おやゆび姫がクルミのからのベッドで眠っているとカエルのおそ松が部屋の中に入ってきました。おそ松はよく松代の家に忍びこんで勝手に食べものをもらっていたのでした。
「えっ。めちゃくちゃかわいいじゃん」
すっかり一目ぼれしたおそ松はおやゆび姫を自分の嫁にしようと思い、眠ったままのおやゆび姫をクルミごと持ち上げ連れ去りました。眠ったままのおやゆび姫は蓮の葉の上に乗せられ、翌朝目覚めるといつもと違う場所にいることに驚き、自分はおそ松の嫁になることを聞かされ悲しくて泣いていました。
「あいつはだめだね」
「うん。向こうの池のカエルと賭け事ばっかりでさあ」
「逃げて。おやゆび姫」
おそ松の嫁になることを不憫に思ったメダカたちが蓮の茎を噛み切り、遥を乗せた葉っぱは川を流れていきました。
川の流れに景色は次々に変わっていきます。人間の多い住宅地から遠く遠く、気がつけば草木が青々と茂り花々の咲きほこる美しいところにいました。おやゆび姫は花を見ているうちに一輪の紫の花の上で誰かが手をふっているような気がしました。慌てて振り返るともう花は遠くに。誰もいませんでした。
(気のせいかしら)
おやゆび姫はなにか大切なことを忘れている気がしました。
「ひゃっ」
突然体が宙に浮きました。誰かの手が自分の腰を肩をしっかり抱いています。自分の乗っていた葉はどんどん遠ざかり一本の木の上に下ろされました。
「やーっぱり!かわいい子だね」
コガネムシのトド松はおやゆび姫に笑いかけます。花のミツをくれました。
「行くところがないならここにいたら?」
君とお友達になりたいなとトド松は言います。それから数日、仲間のコガネムシたちがやってきました。
「触角がないよ」
「足が2本しかないじゃない」
「身体が細いねえ。人間みたいだ」
「ふん、この子ブスだねぇ」
コガネムシたちは嫌な顔をして口々に文句を言って帰っていきました。トド松は何も言いませんでした。トド松は表情のない顔でおやゆび姫に近づくと最初の頃のように抱き上げます。花の上に下ろされました。
「どこへでも好きに行けばいいから」
おやゆび姫は泣きました。自分はそれほどまでに醜く、トド松とお友達になれなかったのかと。なみだが止まりませんでした。でも、おやゆび姫はバラの花びらのようにおしとやかでやさしく、この世の中でいちばん愛らしい人間なのです。
「あれ、見ない顔だね。どうしたの?」
「いきなりごめんなさい。食べものをわけてもらえませんか。家に帰れなくて、おなかがすいていて、」
「あああ!泣かないで。ね?
うわぁ手すごく冷たいよ。寒かったでしょ。とりあえずご飯食べよっか。僕もちょうどお昼にしようと思ってたんだ」
野ネズミのチョロ松の家は小綺麗でした。家は木の根元にありました。自然な作りの中で大きな丸いツヤツヤしたものがこれみよがしに飾ってあります。人間の女の子の写真がプリントされています。
チョロ松は麦を一粒おやゆび姫にあげました。
「おいしい?おかわりあるからね。
君はどこから来たの?」
トド松に置き去りにされてからしばらく。幸い置いて行かれたところにはいくらか花が咲いていたので食べものには困りませんでした。夏の間は花のミツをすい、毎朝葉っぱから落ちるしずくで喉を潤して過ごしていました。夏が過ぎ秋がきて周りの生きものたちも冬支度をはじめます。花は枯れて寒くなり、とうとう雪が降りはじめました。まわりはしいんと静まりかえります。おやゆび姫はますますひとりぼっちでした。牡丹雪がひとつ、雪のひとかけらはまるでつばの広い帽子のようにおやゆび姫の表情をかくします。雪をよけて寒さにふるえてながらおやゆび姫はさまよいました。そしてこの家にたどり着いたのでした。
「アカツカから来ました。カエルのおそ松さんに攫われて。川を下って、そこからずっと歩いてきました」
「おそ松?」
「求婚されたんです。眠っている間に連れていかれて気づいたら蓮の葉の上でした」
「はぁ!?あいつそんなことしたわけ!?」
野ネズミは心底呆れたと言わんばかりでした。どうやら知り合いのようです。そこからしばらくこれまでの話をして、チョロ松は親身になってきいてくれました。おやゆび姫は自分が連れ去られた恐怖ややるせなさ、不満をやっと吐き出せた気がしてまた涙がこぼれます。おやゆび姫をかわいそうに思ったチョロ松は、おやゆび姫を自宅に上げ、楽しい毎日を過ごすようになりました。
「あの缶バッチは?」
「落ちていていたんだ。超絶かわいいでしょ、にゃーちゃんっていうんだって!」
「近々お客さまがいらっしゃるよ」
チョロ松と一緒に暮らしはじめてしばらく。チョロ松が言いました。
「ご近所さんが週一回ここをたずねてくるんだ。そいつ、僕よりお金持ちでね。遥ちゃんにもあいつみたいなお婿さんがいれば、きっと何不自由なく暮らせるんだけれど。あいつは目が悪いから、遥ちゃんの知っているとびきりのお話を一つ二つしてあげて」
とはいっても、おやゆび姫はご近所さんに気なんてありませんでした。というのも、その人はモグラだったからです。モグラのカラ松は革のコートをめかしこみサングラスをかけてやってきました。野ネズミの説明では、カラ松は大金持ちでそれに物知りで、家はチョロ松の家の二十倍もあるそうです。おやゆび姫はカラ松のたのみで歌をうたいました。カラ松はおやゆび姫をいっぺんに好きになってしまいました。その甘い歌声にやられてしまったのです。でも、カラ松はそのことをだまっていました。しんちょうなのです。
それからある日、おやゆび姫はケガをして道に倒れているツバメの十四松を助けてあげました。
「十四松君、薬塗りに来たよ」
「遥ちゃん!待ってたよお」
十四松はにこにこ笑っておやゆび姫をむかえてくれます。治りかけのつばさをばさばさ動かしたのであわててやめさせました。だってかゆいんだもんと不満気です。もう少しで飛べるでしょう。渡りの途中で群れからはぐれたそうです。真冬とまではいきませんが時間がありません。心配です。おやゆび姫の献身的な世話のおかげで十四松は元気を取り戻し、やがて旅立つ時がきました。十四松はおやゆび姫に感謝し、一緒に緑の森へ行こうと誘いました。渡り前の仲間に会いにいくのだといいます。
「いいの?」
「私にはチョロ松さんがいるから」
十四松のことが好きだったおやゆび姫は喜びましたが、チョロ松を残していけないと誘いを断りました。松代さんの家に帰ることはできません。今ではチョロ松さんが大切な家族でした。
「じゃあまた遊びにいくから!」
十四松が旅立ってすぐにカラ松に結婚を申し込まれ、おやゆび姫は結婚することになりました。チョロ松はたいそう喜んで嫁入りの支度をはじめました。おやゆび姫は結婚までに何度かカラ松の家に泊まることになりました。土の中は外よりもぬくぬくと暖かく心地よかったのですがずっと真っ暗でおやゆび姫は怖くて仕方ありません。カラ松と結婚したら大好きなお日様にも2度と当たることができず、十四松にも会うことができないのでしょう。カラ松は結局結婚の前日まで一度も家へ返してくれませんでした。
「ああ泣かないでくれマイハニー。まだ暗いところが苦手なのか?大丈夫さじきに慣れる」
「家にかえしてください。チョロ松さんに会いたい...お日様にも十四松さんにも」
空気が凍ります。
「まだ言うのか。わがままなハニーだ。
いいだろう。オレがなにか形見になるものを持ってきてやろう。すぐに腐っては困るからなぁ。尻尾でいいか?そしたらもうこのわがままは言うんじゃないぞ?」
「かた、み?
チョロ松さんになにをしたの」
チョロ松さんとはしばらく会えていません。きっと待っていてくれています。待っているでしょう、もちろん生きて。カラ松の言葉におやゆび姫は頭が真っ白になりました。
「なぁに、ハニーが困るようなことはしていないさ。
これ以上わがままをいうなら話は別だが」
カラ松がやさしく笑いかけます。彼になにを言っても無駄なのです。いくらかおねがいしても聞き入れてもらえないのでしょう。逃げるしかありません。その夜おやゆび姫はカラ松が眠っている間に逃げだしました。上へ上へ。途中むき出しの鋭い石に腕をぶつけて血が出てしまいました。しかし引き返せません。モグラは鼻がいいのです。かぎつけてすぐにでもやってくるでしょう。お日さまの当たるところまでなんとか。
やっとの思いで地上に出ました。するとそこへ十四松がやってきて、一緒に南の国へ行こうと言いました。家に戻ってはチョロ松さんの迷惑になってしまいます。しかしカラ松との生活にはもう耐えられません。おやゆび姫は決心して十四松の背中に乗り、大空へと舞い上がりました。
こうしてあたたかい南の国へ到着し、ツバメはおやゆび姫を大きな花の上に乗せました。よく見ると、花の真ん中におやゆび姫と同じ大きさの人がいました。
「え、遥...?」
なんでここに、いままでどこにいたの。怪我してるよ、誰がこんなことを。花の王子、一松はおやゆび姫を抱きしめます。
「...あ。いちまつ......?」
遥の頭に紫の花がよぎります。思い出しました。あのとき自分に手を振っていたのは子どもの一松でした。一松とは小さな頃にこの場所でよく一緒に遊んでいたのです。自分たちは大人になる前に種にこもって大人の体に変わります。眠っている間に離れ離れになっていたのでした。
「心配したんだから...!
おれはもう、遥を1人にさせないから」
それから2人は結婚し、幸せに暮らしましたとさ。