短い話(中身)
□甘くて甘くて
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私は意を決して暗い路地裏をずんずん進んでいく。脇にバッグをしっかり挟み込み、片手にはスマホ。路地裏でぼんやりした光を放っていた。両脇にある複数のごみ箱をちらと確認しながら奥にいるニット帽の子に近づく。取り囲むようにガラの悪い人たちが3人。
「あの」
4人にずいと近づく。ニットの子の前に出た。反対の手をさりげなく後ろに回して彼の手首を掴む。よし。
「もう警察呼びましたよ。もうすぐに来ます」
強気な声でそう言ってスマホの通話履歴を見せる。彼らは慌てだした。大丈夫、これなら。
「走って!」
3人の誰もこちらを見なくなった瞬間、ぐいと彼の手首を引っ張り元来た道を一目散に駆け出した。勝算なんてあるのか、五分五分どころか不利かもしれない。
(でも助けなくちゃ)
私の大声のせいもあってか男たちはすぐに追ってきた。道すがらゴミ箱を倒しまくって道を塞ぎ私たちは明るい方に全速力。よーいどんなんて軽いノリじゃない。捕まったらなんて考えたくもない。自分の身体、心、人権諸々かかったスリル満点の徒競走だ。運動不足のフリーターももうやるしかない。喉奥で血の味がするけど追いつかれるわけにはいかないんだ。
バイト先。
「いらっしゃいま、せ」
レジを担当していた私は言い淀む。
「こんにちは遥さん」
にこーっと人の良さそうな笑顔を浮かべる彼。この前不良に絡まれてたトド松君だ。なつかれてしまったようでよくバイト先に現れる。何の仕事してるんだろう。時間に融通が効く職だろうな。今日は新発売のカリカリカラメルプリンにカフェラテ。毎度女子力が高い。
「おつり18 円になります。レシートは」
「いらないよ。もー、固いなぁ」
おつりと一緒にトド松君は私の手ごと優しく包む。たまにこうしてくるんだ彼は。トド松君は少しむくれて店を出ていった。
休日。
「遥さん」
きゅるんと甘えた声が後ろから聞こえた。両肩から腹に腕がのびてきてそのまま軽く抱きしめられる。近い。香水の甘い匂いが鼻をくすぐる。
「トド松君」
今日は白シャツにピンクのズボン、帽子。なんでこんなによく会うんだろう。
「何してるの?あ、ツイッターしてるんだ。僕のアカウント教えよっか」
「ん、いいや。この間LINE交換しただろ」
「えー。
じゃあ、この後一緒にお茶しない?」
「そうだね。うん、たまにはいいかも。トド松君、どこ行きたい?」
バイト帰り。
「こんばんは。一緒に帰ろ?」
バイト先を出ると見慣れたピンク色が腕を組んできた。この感じに慣れてしまいつつある。そっとため息をついた。
「もっと早い時間に帰りなよ。待ってなくていい。また絡まれたら危ないだろ?」
「こっちのセリフ。こんな遅くにバイト入れてるなんてどうかしてるよ。家まで送るから」
いつもかわいいトド松君。最近は紳士だったりたまに男らしかったりする。
「この前橋のとこでトド松君見かけたよ。あとパチンコ、ええとライブ?川も泳いでた?」
「ううん、全部人違いだよ。僕一人っ子だもん」
「そう?あまりに似てたからね、聞きたかったんだ。
ああそうだ。トド松君路地裏で猫にエサあげてるだろ。猫かわいいよなぁ。今度一緒に連れてってほしいな」
路地裏で絡まれたのは猫にエサをあげに行ったからかもしれない。ちょっと意外だけど好感が持てる。
「んん、そうだね。でも危ないから猫カフェに行こうよ」
「本当?うれしいな」
頬が緩む。トド松君は私を見て、私の腹をくすぐってきた。身体をよじってもまだくすぐってくる。なんだか不満そうだ。
(くすぐったい)
「ん、ねっ、何っいきなり」
「なんでもない!
ねっ、じゃあその後は一緒にショッピング行こうよ。僕がコーディネート手伝ってあげる。遥さんかわいい服も似合うよ?ボーイッシュも似合うけどね」
「服にあまりお金はかけたくないんだ。
いろんなところに誘ってもらってありがたいんだけど私はトド松君ほどおしゃれに気を使うタイプじゃないんだ。ごめん」
タピオカミルクティーにフレグランス、おしゃれな喫茶店に服屋などなど。トド松君のお誘い内容は私には少し縁遠い。
「じゃあランニングは?僕最近ハマってるんだ。一緒に朝走らない?」
「トド松君。ちょっとしばらく距離置かないか。たまには1人でゆっくりしたいんだ」
トド松君はぎゅうぎゅう距離をつめてくる。バイト中と帰り、休日はだいたい遭遇するし(バイト帰りは待ちかまえてる)何気なくスマホを見れば必ずトド松君からのLINE通知がきてる。腕を組んだ今なんか物理的にゼロ距離。近い。近すぎる。1度助けただけでこんなにべったりになるものか。
「やだよ。ボク遥さんと一緒にいたいの。あ、それじゃ帰りにスタバァ寄ってこう。ボク店員してるからちょっと割引きしてあげるね」
「あああもう、一旦でいいから腕組みも会うのもLINEもストップ!離れろ!」