短い話(中身)

□兄さん
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沈黙。
それがぴったり当てはまる家、そして俺。
シャイなガール達に一日くらいときめくハートを休ませてあげなければいけないと思ったのだ。俺がいては休めないだろうから今日は家で過ごすことにした。真昼間、兄弟達はいない。否、一松はいる。他の兄弟達より一足早く帰ってきた。おかえりと言えばむっと睨みつけられてしまい、何も言わずにさっさと二階へ上がっていってしまった。
ああでもさっき降りて来たな。階段を降りる音がした。そのままキッチンに行ったらしい。
もう一度手鏡を覗けばいつも通りの俺がいる。きりりとした眉、自信に満ちた瞳、大人の余裕ある雰囲気。これでいつものパーフェクトファッションが揃えば完璧だ。

「イカしてる...俺!」

指先を銃の形にして顎にすっとそえる。決まった!
静まり返った空間にいきなりガタガタンッと派手な音が響いた。肩がビクリと跳ねる。手鏡が手から落ちた。
キッチンの方からだ。音からして椅子が倒れたのだろう。水音がかすかにした気もする。

「おーい一松ー、大丈夫かー?」

キッチンに向かって声をかける。返答なし。無視されてしまったらしい。
腹は空かないし引き続き、と手鏡を手に取った。



「......一松?」

無意識に呟いていた言葉に間違いはない。俺は手鏡をテーブルに伏せ置きながら腰を上げた。そうだ一松。キッチンからはあれ以来音が聞こえてこない。椅子を起こせば多少なりとも音がするだろうに。自分にはぶっきらぼうな振舞いをするが元々几帳面なあの一松が倒した椅子を放ったままにしておくだろうか。
沈黙が不気味に感じる。妙な胸騒ぎを覚えつつキッチンをくぐれば地面に倒れこんだ一松がいた。そこからは無意識に体が動いていた。
一松はすでに意識を飛ばしていた。抱え起こすとパーカーの上からですら火照った体温がわかる。ひっくり返ったコップの牛乳が紫色のパーカーに染み込んでいく。案の定椅子もすぐそばに倒れていた。具合を悪くしていてここに座っていて落ちたのか。

「一松、おい、」

肩を軽く揺する。弟は返事をしなかった。目を固く閉じ、青白い顔が浅く息をしている。





喘ぐような、呻くような一松の声で目がさめる。窓から淡い橙色が差している。もう夕方らしい。居間の方からわぁわぁ声が聞こえるからもう兄弟達は帰ってきたんだろう。客間に布団をこしらえ、一松をおぶって運び着替えさせ、諸々準備を済ませてそのまま一緒に寝てしまっていたらしい。
布団に寄れば弟はうなされているようで仰ぐようにして息継ぎをしている。言葉にならない悲鳴のようなそれらを上げながら眉間にぎゅっと皺を寄せていた。布団からのぞいた生白い首筋にも汗の玉が浮かんでいる。まるで溺れているようだった。

「一松、一松」

「ァあ".....ぐ、っ」

「一松、起きろ。」

肩を揺すれば今度こそ目を開けてくれた。じっとり濡れたパジャマからまだ尋常じゃない熱が伝わる。まだまだ下がってないな。
一松が俺を見る。焦点が定まっていない。喘鳴がひどい。背中をさすっているとにぃさんと掠れた声が呼んだ。

「どうした?」

「....みず、ほしい」

「あぁ、今持ってきてやるからな」

布団を首まで掛け直し立ち上がる。飲み水と着替え、タオル、水桶、体温計も持ってこよう。あまりに高いなら病院に行った方がいいかもしれない。
視線を下げれば一松がいる。体が相当きついのだろう、涙目になって布団を握りしめじっと耐えていた。再び一松のそばに座って頭を2、3回撫でる。立ち上がり、今度こそ俺は客間を出た。
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