此岸でひととき

□6お祝い
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冬を越すには何が必要か?
考えればいくらでもある。
食料を集めなくては。枝木もたくさん集めておこう。枯れ枝が雪で湿ると火のつきが悪くなる。奥様に布地をいただけるようにおねがいしておこう。濡れた手足で過ごしていては風邪をひいてしまう。


手足を縛られた鹿が逆さになって私の前を通り過ぎる。先に狩られた別の鹿だったものはすでに肉塊と毛皮に剥がれていた。

「おい」

「はい」

鹿を運んでいた男の1人が私を呼びつける。そばに寄ると生臭い匂いがむっと押し寄せてくる。思わず顔を顰める。男は鹿の一頭を指した。

「やっておけ」



「前足は私がします。雪は後ろ足をおねがいします。手本を見せますから同じようにしてください」

めのこの私がどうしてこの仕事をすることになったのだろうか。丁は私の隣で石包丁を持つと手際よくさばいていった。ひと通りを終えて。私も石包丁をにぎる。できる気がしない。とりあえず身体に切れ目を入れる。よく見る毛皮になったものとは違い毛はベタついていた。ひええ
後ろ足の片方をなんとか終えて丁を見ればもう両足を済ませて皮を剥ぎ始めていた。早い。

「災難でしたね」

「ええ...まぁ...」

「あ、この線に沿って続けてください。
男達は狩猟に行っていますし、女たちはどこへ行ったんです?先程から姿が見えませんが」

「奥様が御産なんです。だから手伝いに行っているのでしょう。今日は人手が足りませんね」

奥様は少し前からつわりが酷そうだった。旦那様は夜中も呻いてる奥様の背中をさすっていた。とうとう奥様は別の住居に移っていき、現在旦那様と召使いだけになった住居はすかすかしている。

「親がいるってどんな感じでしょうね」

「さぁ、私も親がいた時の記憶はありませんから」

「その割には雪がみなしごとからかわれているのを見たことがありません」

なんで私ばかり、という恨み言が聞こえてきた気がする。村の子どもがその言葉を言えばものすごく不機嫌になるのだ。
大抵似たような手法である。石を投げながら馬鹿にしてくる。小石ではない。石と呼べるあらゆるサイズのものが飛んでくるのだから容赦ない。
丁は「みなしご」
私は「まぬけ」「ばか」「役立たず」
...丁とは方面は違うけれど刺さるものがある。

「丁が来る前は私ともう1人召使いがいたんです。大人の女性でした。母娘のように見えていたのかもしれません。私に対してみなしごという言葉は浮かばなかったのでしょう」

「その方はどこかに嫁いだのですか」

「いいえ、もうここには居ません。
雨乞いの生贄にされたんです。獣の扱いの上手な人でした。彼女に学んだから森歩きも一人でできるようになったんです」

目をやれば丁もこちらを見ていたところで視線がかち合う。静かな目だった。

「生贄に選ばれた者はどう足掻いても役目を全うするまで逃れられなかった」

遠くから赤子の泣き声が聞こえる。祝う声。あの子は産まれて祝われている。みなしごの彼女は死んで祝われた。

「お互いなんとか生き抜いていきたいものですね」

ただただ無感情に。私はただの大きな肉塊になったそれに石包丁を突き立てた。
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