此岸でひととき

□4採集
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「これはどうです」

草むらにしゃがみ、赤い花を手折ると丁に差し出した。それを見て丁は眉間にしわをよせる。ずいぶんと表情が豊かになってきたものだ。

「もう食べません」

「そんなこと言わずに。私これけっこう気に入ってるんです。おいしいですよ。」

「雪のおいしいは信用なりません」

私の好意はばっさり切り捨てられた。なぜだ。





今朝。
一緒に採集に行くのを決めていたのは意外にも丁の方だった。どうやって自分の主人を説得したのやら。聞かされたのは今日の朝方。水がめを運びながら転んだときだ。断っておくけどべつに毎度転んでるわけじゃない。


住居に帰り水がめを下ろし、腰元に袋を結んでつけた。主人たちはまだ眠っている。
住居出ると丁が待っていた。あいかわらず仕事のはやいこと。

「よかったのですか」

「何がです」

前を向いたまま丁が聞き返す。水がめを持っていない分距離が近い。頭のてっぺん、丁のつむじが見える。彼は私より少しばかり丈が小さいようだ。
朝靄の出ている空景色が今日も過ぎていく。
丁がこちらを見た。

「なんです。言いたいことがあるならはっきり言ってください」

じっと見つめてしまったみたい。丁はいつも通り口元をきゅっと引きむすんでいた。さっさと言えとでも言いたげに目でもうったえてくる。

「ああ、ごめんなさい。
森は危険ですよ。この間村人が大怪我をしていたでしょう。木の実が欲しいなら私がついでにとってくるのに。」

「採集に行ってみたかったんです。危険でも雪はよく森に出ているのに毎日無事に帰ってきているでしょう。一緒にいた方が安全です」

...なんだろう。胸がぽかぽかする。
丁が私を頼ってくれているらしい。うれしい。

村の男達は一昨日鹿狩りに出ていた。収穫はなく、代わりに男が2、3人他の男に支えられながら辛くも帰ってきた。あれはなかなかひどい怪我だった。
今も彼らは自分の住居で横になっているのだろう。それでも傷口から菌が入りこむ。抗体をもっていないのだ。薬だってない。仕方あるまい。

私たちの生命線なぞ、短いもので。
ぷつりと切れかかったそれが不思議と脳裏に浮かんでいた。
歩きながら長細い草の葉をぷつりとちぎる。ちぎって、すぐ捨てた。くわばらくわばら。

腰元の袋にそっと触れる。だからこそ私はこれをとってきたんだ。
視線を地面から上げれば私の手元を見つめる丁の目。

「どうしました」

「.....いいえ何も」


「せっかくです。丁においしい果実をたくさん食べさせてあげましょう」

「私は見ているだけで十分ですから」

「あら、気を使わないでくださいな。これでも採集は得意なつもりです」

丁に笑ってみせた。久々過ぎて若干引きつった気がする。彼はあいかわらず真顔。かと思っていれば、丁は目を伏せて口元をゆるめるとそっと息をついた。

「私の言い方が悪かったですね。
雪は驚くほどまぬけなんですから、無理しないでください」

まるで聞き分けの悪い子どもに言うような、こちらを真っ直ぐ見つめて言われてしまった。笑顔がぴしりとかたまる。丁ってこんな子だったか。素直で、感情表現の苦手な子で、ほらもっととこう、かわいらしい....
固まった私を丁は不思議そうに見ていた。さりげなく馬鹿にされたような気がするけれど無意識なのか。ねぇちょっと、

「早くいきましょう。」


道中私はできる限り美味な果実や花、草をすすめた 。そして丁は最終的には断固拒否で一口だって口に含んでくれなくなった。おかしい。すべてまぁまぁは甘いものだったのに。
じっとりした視線を私に向ける丁に信用の程度はすっかり消え失せて見える。
行く道先に目をやる。脇に、小石にまじってこっそり咲いている白い花があった。

「いいですよべつに。ただし覚えておきなさいな。これは痛みを抑えて、かぜ薬にもなります。名前は芍薬ですがそんなのどうだっていいんですよ。見分けさえできれば」

丁にはひとり立ちしてもらわなくてはいけない。私がそうしてもらったように。大事だから1人でも生きられるようにするのだ。
“彼ら”の言葉は正しかったと思っているからこそ。

丁に呼ばれて意識をそちらに向ける、と。
小さく目を見開いた丁がいた。.....なんかきらきらしてる。

「へぇ。雪はそういうの詳しいのですね。」

その一言に欲がこもっていた気がする。

「もっと教えてくださいな」

言葉は無邪気なのに、目は本気だ。知識をかっ喰らい尽くしてしまおうとするそんな目つき。なかなか貪欲らしい。

「それでは」

私ははやばや歩きだす。丁は私を追う。首筋がちりちりした。慌てなくていい。丁が私を見つめているだけ。
さっきの花の説明で火がついたのか、丁の口からは疑問がつきなかった。

覚えてほしい10種ほどの植物を教え終えてから私は丁に野いちごをプレゼントした。
すっかり信用を回復したと思ったのに丁は途端にくしゃっと顔を歪めた。

「雪には感謝していますけれど....」

丁は重そうに口を開いた。おお、これはいけそう。
手のひらに乗せてやるとじっと赤い実を見つめたのちにぱくっとまるごと口に含んだ!

思わず鼻で笑ってしまった。ざまあみなさいな丁!まぬけと言った仕返しですからね。その実、まっずいんですから!

「雪のわりには美味しいものを選ぶことができるのですね」

きらりと光る丁の目。あ、うれしそう。よかった。ではなくて

(何ですって)

低いその木に実った一粒を口に含むと同時に吐き出した。やはり、なんて不味い!丁は味覚が壊れているんだろう。

「....まさか」

私の一連の動きを見た丁から地を這うような声がして、思わず身をかたくした。悟られた。この賢い童に。そう、丁はかしこくて仕事の早いすごい子だった。

「雪」

びくりと体が揺れた。

「すみません、誤解をしていました。
雪は毎回毎回ドジを踏みに踏みまくって迷惑をかけるバカだと思っていたのですが」

直球な丁の言葉が刺さる。あれ、おかしい。今日の丁は機嫌が悪いのか。口が悪い。

「先程まで美味だと言って差し出すもの全て不味くて気は確かかと何度も疑いましたよ。なるほど、味音痴だったのですね」

丁の言葉がまた刺さる。痛い。頭がどうにも回らない。ついこの前までかわいやと思っていた子からのこの変わりようはなかなか衝撃だ。待て。それで結局私が味音痴?まさか。

「その豊富な知識で、
私をけしかけましたね?もう信用なりません」

こちらの一言にはぞっとした。丁が恐ろしく怖い。

「でも採集に関する知識が見違えるほど豊富で尊敬しました。また教えてください」

ああでも今何か褒められた気がする。うれしい。よくわからないままとりあえず私は頷いた。
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