此岸でひととき

□2水汲み
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焚き火を挟んで私の隣にいるこの男。たしか私と同じく今晩の村の見張り番にされていたはずだ。なるほど、そのたいそう大きないびきで獣が村に近づかないようにしているのですね。私もまねしようかな。
空が白もやがかってきた。朝がくる。立ちがって男を起こしてから村の中へ引き返した。


ひとまわり大きな住居へ足を踏み入れた。少し煙たくて暖かい。入り口で膝をつく。暗い空間のすみの方で丁が身体を小さくして眠っているのが見えた。あ、目が合った。起きていたのですね。

「失礼します。雪でございます。」

「.....連れていけ」

ややあって寝起きの男の声がかえってきた。続いて声を落として丁を呼ぶ。丁はすぐに起き上がってそばに置いてある水瓶を抱えた。丁には少し大きすぎるそれは丁の視界をふさいでしまいそうだ。大丈夫だろうか。
住居を出ると空気をひんやりと感じる。あったかい住居が名残惜しい。いつかは私も毛皮にくるまって眠ってみたいと思う。小さな動物でも捕まえられれば小さいながらにも毛皮が手に入るのだろうけれど、そんな能力は私にない。
歩きだすと丁は後ろからついてくる。大雨の跡はすっかりなくなった。2人して固い地面を歩いていく。


村の入り口まで着き、居眠りをしている夜番の男を起こした。置いておいた自分の水瓶をかかえてから森に入っていく。

「さてと、丁」

森に入ってしばらく、ふり返って夜番の男の姿が見えなくなったのを確認する。よし、大丈夫。いきなり足を止めた私に丁は相変わらずの真顔で私を見つめた。

「私の名前は雪といいます。召使い同士ですし、わからないことがあればおっしゃってくださいな。」

「はい」

「今から水汲みに行きますが、たまに獣が出ますから私にすぐ知らせてください。絶対にわめかないこと。いいですか?

さ、行きましょう。」

丁がうなずいた。素直な子だ。


小川について水をくみあげる。となりの丁も無事終わったらしい。重そうだけれど村まで運べるのだろうか。

「ちょ、っわ......!」

丁、と呼びかけて、水瓶をかかえたまま立ち上がった私は重みでよろける。いけない、私の水瓶も重いのだった。
ばしゃん、と水音が遠くで聞こえた。



風が吹いているのを感じる。周りは真っ暗でひやりと冷たい。夜番は冷えるのだ。身震いしながら焚き火の方へ身をよせようとする。体が動けない。おかしい。
遠くで名前を呼ばれたような気がする。



目を開けて、そこで自分が目を閉じていたことに気づいた。
夢、だろうか。
体は仰向けに倒れていた。光がまぶしい。昼ごろだろうか。いつの間に眠っていたのだろう。葉の揺れる音がやけにするからここは村の外だろう。
目を細めたまま、自分を覗き込む人物を見た。顔に影がかかって見えにくい。

「....ちょう?」

「生きてたんですね」

意外そうな声で丁が言う。口がきけたのだと思えばいきなり何を言うのやら。わからずに丁を見つめ返した。なぜだか右手だけがぽかぽか温かい。右手を動かしてみるとぽかぽかしたそれは離れていった。同時に丁の腕が動く。丁が私の手をにぎっていたのか。

「川のそばで転んで頭を打ったのですよ。覚えていないのですか」

「そう、でしたか」

立ち上がろうとして血の気がひいた。視界が明るくなってから最初に飛びこんだのは赤黒い色。そこそこの量が地面に散らばっている。なかなか派手に転んでしまったらしい。頭に手をあてるとぬるりとした。傷口をまさぐったが見つからなかった。あとで頭を洗わなくては。

丁がとなりで私が動くのをじっと見ている。
あいかわらず眼光の鋭い子だ。ちりちりする。
周囲を見わたしながら、耳をすませる。獣はすぐ近くにはいないようだ。

「すぐに帰りましょう」

「出血がひどいです。
もうすこし横になっていてはどうですか」

「心配ありません。傷口はもうふさがっています。
それより獣が来る方が心配ですね。これだけ血を流せば寄ってくるのも仕方ありませんから」

丁が目をほんの少し大きくした。

「あら、傷口、見ます?
本当にふさがっていますよ」

「...いいえ」

ぽたぽたと血が頭から垂れる。丁と私はそれを黙って見つめる。

「...流してきたらどうですか」

「そうしましょう。
丁は帰る準備をしていてくださいな」


「歩けますか?」

「ええもちろん」





(おまけ:村→川までのおはなし)

歩きだそうとした私に丁が後ろから声をかけてきた。たどたどしい呼び方。さん付けをされることに違和感を感じる。

「雪さんは、獣を仕留められるのですか。村の男は先の尖った武器を持っていました」

丁が言っているのはのことだろうか。村で狩りを終えた男たちを見かけたのだろう。
そういえば昨日は主人が他の男たちと何かの肉を食べていたようだった。

「できませんね。私も生き残りたいので丁と反対方向へ逃げることにします」
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