彼岸を満喫

□6 はりつくもの
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「簡法を熟知していると上司に大人気ですよ」

「え、下卑たやり方だなぁ」

「いえ、そもそも仕事は『自分で近道を見つける』のが基本ですからね
マニュアルだけでは会得しにくいコツ・整理法を見つければ効科に繋がります」





部屋は金棒鋸針なにかの白骨化した頭部などなどずいぶん禍々しい。
それでも鍋というなら私も手伝えるかもしれない。

「鬼灯、私も手伝います」

「ああそれでは...そこの箱と向こうの木箱を持ってきていただけますか」

背の低い棚から二箱を取り出して重ねて持つ。心なしか箱の底を持つ手にわずかな振動を感じる。いや確実になんかカサカサ聞こえる。

(生き物ですか)


私もたんぱく質を摂るのに蚯蚓や蟻とかはたまに食べていた。中は何の虫だろう。虫から美味しい出汁が取れるのかな。

「これ、中身は何がいるのです?」

「芋虫と蜚蠊です。あ、シロさんコイツを斬って煮てください」

「ワン」

鬼灯は脇にいた男の白装束を掴んでシロさんに差し出した。シロさんは頭に噛みつく。それはもう引き裂かんばかりに。絶句


「コイツの罪は?」

「盗聴と懸想。我の強い要注意人物で気精も強いようです。一種の変態。
雪もこういうのには気をつけてください。最近は幼女趣味の亡者も多いですから」



シロさんのまわりの床が血で濡れていく。喉を食いちぎられ男の首はごとんと転がり落ちた。目がこちらを向いて止まった。
私を見ているようで見ていない空虚な目玉。

どこかで見覚えがあるなぁと記憶を探す。
シロさんは右腕をもいだ。続いて左、今度は左太ももにかぶりついている。剥き出しになった真皮から血が次から次へとわき表皮を鮮やかに染め上げる。
それはまるで昔鬼灯と捌いた鹿のようだった。生きるものがあっという間にただの物体に見えてしまうあの感覚。



「具合が悪いですか。処罰を見るのは初めてでしたね」

鬼灯の声に顔を向けた。片手にかき混ぜ棒、もう片手で男の腕や首を鍋に入れている。その手も血でべったり濡れている。
丁の手じゃない、鬼灯の成人した男性の大きくしっかりした手。


「いいえ。鹿を一緒に捌いたのを思い出しました」

「ああ。そんなこともありましたねぇ。
その箱2つとももらえますか」

まあまあ大きいサイズの芋虫たちが鍋にほうられていった。
シロさんのさっき乗っていた台にのって鍋の中をのぞく。色が悪い。おいしくなさそう。

「あの村人たちもこの地獄にいるのですか」

「ええ。集めて私自ら処罰しています。
あなたの仕えた住居の主人もいます。女と子どもは見つかませんでしたが。

見に行きますか?」

「いいえ。会いたくありません」

なつかしい。でも嫌な記憶だ。よく自分でやるものだ。そう言ったら


「私は恨みで鬼神になりましたからね」

当然ですよ、と鍋をかき混ぜながら言われた。






「あ」

白澤様と鬼灯の声が重なる。
桃太郎さんも一緒にいる。桃源郷から降りてきたのだろう。


「ソイヤッ!」

「なんの挨拶もなしにそれかコノヤロウ!!」

「鬼灯、やめなさい!白澤様に何するんです!」

白澤様の前に出る。鬼灯は真顔のまましれっとしている。

「コイツとはそういう付き合いですよ。会ったら最後こうなるんですから先に一発かましとこうと思って......」

「80年代のヤンキーかお前は!ちょっとは雪ちゃん見習えっての!

胸糞が悪いよ。さっさと用済ませて地獄名物の花街にでも行こう」


桃太郎とシロさん達は彼にお供していたそう。

ここは天、地、現世の境。鬼灯はここで地獄の門番の馬頭さんの蹄を削らせてもらうそうだ。

「あるよそりゃーもうぱっつんぱっつんのおねーちゃんがいっぱいの天国みたいな地獄が」

「人聞きが悪いな。ストライクゾーンが広大だと言ってよ」

「まー乳はあるに越したこたァないけどねどっちも好きだね。大っきな乳は包まれたい小っさな乳は包んであげたい」


...その、白澤様はここ千年でだいぶ俗なじみしたらしい。千年前は高貴な方に見えたのだけれど。装飾品を身にまとった牛に白澤様が抱きつかれてなにやら喚いていた。
あ、鬼灯と頬っぺたつねりあってる。

(ちょっと残念かも)

いろいろと。
後から来た馬と合わせて彼女達が牛頭さんと馬頭さんのようだ。2人ともおしゃれをしてて女の子らしく仲がよさそうだ。キラキラした装飾。
私もしてみたい。一子ちゃんと二子ちゃんも洋装に興味があるようだし今度二人と本屋にでも行ってみようかな。


「...さっさと蹄もらって戻りましょう」

「あ...そうだ僕も角もらいに来たんだった......」

どうやらここでお別れのよう。忘れてはいけない、聞いておかなくては。


「ええと、白澤様」

「ん、雪ちゃんどうしたの」

「やっぱりそちらのお宅に住まわせてもらうことはできないでしょうか」

「え?
ああ、いいよ。
雪ちゃんさえ良ければいつでも戻っておいで」

白澤様は一瞬ぽかんとしていたけど笑ってそう続けてくれた。


「雪?聞いてませんよそんなこと」

「すみません。言い出す機会を逃してしまって。鬼灯が一生懸命働いているのに何もしてあげられないのは心苦しいんです。
それに私、働いていないと気が滅入ってしまうみたい。白澤様のところでしたら以前のように薬作りをお手伝いさせていただけますから」

「仕事なら私が手配をします。急いてそいつのところに戻ってもまた嫌な思いをする」


嫌な思い。
意味が分からず鬼灯に続きを促す。

「着物屋でこいつと会ったとき酷く怯えていたじゃないですか」

おかしな顔をされてしまった。私が白澤様のことを怖がった...記憶がぼんやりしてる。確かにそうだったかも。
なんで私はあんなに怖がっていたのだろう?




「まっ、仕方ないね。こっちの方が雪ちゃんにも良いだろうし」

「雪が決めることです。口をはさまないでもらえますか」

「にしてもそろそろ家に来る頃合いだよ。雪ちゃん、首のそれもう熱くなってるでしょ?」

言われてみれば。
首筋に触れると熱を帯びている。
見せて、と白澤様は膝をつくと紋様に触れる。電気の入るような痛みに短く呻く。白澤様が鬼灯を見る。


「穢れは溜めこむほど浄化の時苦しい。
しばらく預けてよ。雪ちゃんが嫌だっていうならすぐに閻魔殿まで送るからさ」
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