彼岸を満喫
□14 提灯を一つ
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夜。
極楽満月の扉が開いて鬼灯と雪が出てきた。雪は見送り。鬼灯は地獄へ帰る。並んで歩いてく。生前のあの頃のように。
背丈は前ほど変わらなかった。一時的な効果ではあるが成長薬を完成させて驚かせようと小瓶を一つ飲んで鬼灯を出迎えた。
鬼灯の持ってきた話にその後の空気は重くなったのだけれど。
「仙桃なら毎日食べさせてあげます。雪は医務室で獄卒として働けばいいでしょう。
地獄へ戻りませんか」
「私はここで暮らしますよ。桃源郷が好きなんです」
「あれと一緒にいるのに、ですか」
今日の夕方、久々に店を訪れた鬼灯から契約の話を聞かされた。詳しく全て。
正直空気が重かった。白澤様は真顔、鬼灯も真顔。鬼灯は私を気遣ってくれたようだが。
結局3人分の湯飲みは誰も手もつけず冷め切ってしまったし白澤様とろくに話もしないまま見送りにきてしまった。
「正直不死と言われてもピンとこなくて。
確かに勝手に生死を決められてしまいました。死ねといわれれば抵抗するのですが生き続けろって言われると実感がわきません。
三千年も生きても不死とは言いませんし」
以前いた秋蛍も居なくなってしまった。こちらももう冬。今日は風が強く背の低い草が風の波をつくっている。
「では、私は雪よりも先に居なくなります。それではどうです」
実感がわきませんか。
強い風が吹き抜ける。鬼灯の袖がなびく。黒い着流しは夜の闇にとけてしまいそうだった。
「私も桃太郎さんも、閻魔大王も一子と二子も皆あなたより先ですよ」
「嫌です」
考える前に言葉がでる。鬼灯は歩みを止めこちらを向いた。
先立たれる辛さは二人とも知っている。
雪は先輩の召使いのとき。
鬼灯は雪が儀式にかけられるとき。
辛い思いをしたことだけはよく覚えている。それが長い痛みであることも。失われる痛みは時間によってほんの少しずつ、それでも一生消えないものだということも知っていた。胸にぽかりと穴が開き吹きさらしのまま日々を過ごす、寂しさというよりは虚しさ。
「それは、痛いから」
鬼灯の袖に触れてそっと引く。
私の背中に腕がまわった。黒い着流しの中で息をする。とたんに安心してしまいそのまま体を預けた。
やっぱり身体は大きいほうがいい。並んで歩けるのもこうしていられるのも身体が成長するからだ。真剣に成長薬の完全版を考えようか。
「返事をいただけませんか」
「これでは返事にしてもらえませんか」
「雪の口からききたいんです」
「...お慕いしています、鬼灯」
「全く。こんなに長い片想いは初めてでした。恐ろしく鈍感ですね」
「褒めてませんよね?」
「当たり前です」
私も鬼灯の背中に腕をまわす。
「白澤様を怒らないであげてください。あの方はさみしかっただけですから」
ばかなんですかと鬼灯の腕に力がこもる。
「腹が立ちます。すごく」
「誰に?」
鬼灯はそのまま黙ってしまった。しばらくして腕をゆるめたので私も離す。
「雪が許そうが私は許しません。雪の気持ちも汲んで今まで程度の挨拶で行くことにしましょう。
いつでも帰ってきてください。相手はしてあげられないことのほうが多いでしょうが」
「差し入れぐらいなら」
「雪の料理は死人が出ると聞いてますので」
「それ、いったい誰が」
「桃太郎さんと白豚ですが」
「嘘!?」
鬼灯を地獄へ見送って私は店への道を引きかえす。
草の揺られる夜の桃源郷。強い風と一緒に長らくいた憑き物は取れてしまった。
胸がほんのり暖かい。さみしがりやの主がこれ以上ふて腐れてしまわないようにたまには晩酌に付き合ってあげよう。
極楽満月の橙色の明りへ歩いていく。
髪につけたホオズキがからからと音を立てた。