月華の守人

□第二話「黒檀の絹糸に、白檀の香る」
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 霜月(しもつき)、三日。

 近日の冷え込みの中珍しく晴れた日。斎藤達三番隊は、五条から三条通り、所謂祇園町を巡察していた。冬の季節に差し掛かるこの時期、長州薩摩の動きが活発になり。

 新選組は、それからの巡察の経路や隊務も改められ。その直前、廉価であることを理由に芹沢が中心となって決めたとされる、浅葱色にダンダラ模様の羽織がよくみられるようになったのはこのころだ。

 そして芹沢一派の悪評は、話好きな京の狭い世間で、「新選組の悪評」という形の噂話となって、あっという間に広がったのだった。






第二話「黒檀の絹糸に、白檀の香る」






 新選組はもとより近藤勇が率いる斎藤達・試衛館出身者と、芹沢鴨率いる水戸派の人間で構成されていた、壬生浪士組という小規模な組織だった。芹沢自身が豪胆な一方、暴力的で強引な手で事を進める人間であった他、彼を暗殺したこともあり、新選組の心象はすこぶる良くない。噂好きな町人たちからは、新選組と名を改めた後でも、壬生浪士を文字って『壬生狼』などと呼ばれている。
 仕事とはいえ、彼らの生活する町を日常警護し、守っているわけだが、上の事情などそれこそ彼らにとっては雲の上の出来事な訳で。日々巡察に当たる新選組への視線は基本的に冷たい。

 今日、その改まった巡察経路を経た後、三番隊には別途に隊務があった。石造りの階段を上ると、白い衣に袴姿の男が頭を下げた。





「よ、ようお参りどす」

「ああ。…あんたが神主か」

「へえ。新選組の、ええと」

「……斎藤だ」

「ああ、ええと、失礼。斎藤はん。神事が滞りなく終わるまで、よろしゅう頼んますわ」




 明らかに怯えた対応の神主は、おおよそそんな噂と威嚇する新選組の印象が付いた人間なのだろう。なにせ恰幅の良い力士を斬り、呉服屋に無理を聞かせ、大手を振った者と何ら同じく見えるのである。仕方もあるまい。
 新八や平助ならば文句の一つでもいいそうだが、そのあたり斎藤は頓着がなかった。黙って羽織を脱ぐと、斎藤を倣(なら)い、隊士たちも羽織から袖を抜く。



 その隊務というのも、祇園の町中に鎮座する『祇園社』の警護だった。


 霜月三日には毎年、境内の舞殿にて舞楽奉納が行われる。此度の舞楽奉納では、近日、京都守護職の松平公の邪気を祓う為に招かれた稀有な巫女が舞う。なんでも月の神、月詠命(つくよみのみこと)の加護を受けた神通力をもつ神巫(かんなぎ)という特別な者で、智に富んだ者らしい。加護にあやかりたいと、多くの民が集まるだろうと。
 だが、近年の京は物騒だ。人ごみに紛れて不逞な輩が騒ぎを起こすとも知れぬ。そこで、新選組の隊士が各所に控え、警護に当たることとなったのである。人に混ざるには、些かこの羽織は目立ちすぎる。威嚇するにはそれが役に立つこともあるが。


 社務所の前を離れ、石畳をしばし踏むと、本殿とその正面に誂えられた舞殿が現れる。大太鼓が組まれ、すでに多くの人が集まり、人だかりになっている。


(……始まるのは、午の刻(正午十二時)だと聞いたが)


 普段からこうなのか、それとも例の神巫とやらの影響なのか。町人たちの噂好きは、江戸も京も変わらぬ。そうおもいながら、境内を一巡する。こうも広いと確かに警備の薄さが目立つ、要所は抑えているようだが。神の御前をわきまえる不届き者ばかりならば、苦労はないのだろうが。
 人通りの少ない当たりで、陽の光を弾いて光るものを見つける。拾い上げると、控え目な花飾りのついた、銀の簪だった。参拝者が落としたのだろうか。後で社務所に届けておこう、こう高価なものならば訪ねてくるであろう。


 舞殿のまえに斎藤が戻ってきたころには、人だかりは大きくなり。もはや人ごみとなっていた。それらが見渡せそうな少し離れた樹木の幹によりかかると、暫くしてようやく、鼓が打ち鳴らされ、それを合図にかひゅるひゅると笛の音が流れ出す。
 緩やかな曲調に合わせ、装束に金の装飾を纏った巫女が榊(さかき)を手に、ゆるりと袖を振る。出でた者たちがさっと左右に分かれると、後ろから、鈴を手にした女がいっとう大きく袖を振った。

 
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