月華の守人

□第一話 『深藍の夜に』
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 いつなるときも、ひのもとには、かならずかげがあるものである。

 ____時は幕末、日ノ本……京。長き平穏の時代を経て、抗争の気配を孕みつつあった。

 それはこの国の歴史を担う侍たちにとってもまた然り。幕府の庇護を受けて動く壬生狼(みぶろ)たちもまた、火種たる浪士たちを見張り天皇と京の町を警護するため、江戸より遣わされ屯所を構えたのであった。










第一話『深藍の夜に』














 文久三年(1863年)、神無月。


 新選組にとっては、『壬生浪士組』より名を改めてひと月ほどの、丁度まだ忙しない頃であった。彼らにとって暴虐の限りを尽くした芹沢の残した因習洗いが、大きな負担を呼ぶ作業となっていたのである。そのなか静かに訪れる京での冬を、初めて迎えようとしていたのであった。
 それは夜半に逃げ出した羅刹を追う斎藤達にとって、中々に厳しい季節といえる。木枯らしの吹きすさぶ深夜、斎藤は土方、沖田とともに町へ出る羽目になったのだった。




「うう、寒い。僕もう帰りたいんですけど。土方さん、この脱走騒動、そろそろ対策してくださいよ」

「この数日、問題は山積みだったろうが。うまい策がありゃとっくになんとかしてるさ。早く帰りたきゃさっさと片を付けるぞ」

「しょうがないなあ。ああ、火鉢に当たりたい」

「斎藤。俺たちは正面から追う。お前は東側から回り込め。逃がすなよ」

「…御意」



 一つ返事で踵を返し、襟巻を翻した。ごうごうと風が唸る。煙のような灰色の厚い雲の切れ間から、時折月が覗くだけのわずかな明かりが頼りの、不気味で薄暗い夜だ。飛んでくる枯れ葉を払い、騒音の元を追う。
 血に狂った後の羅刹は、文字通り血のこと以外凡そ頭にない。刀を振り回し、人間を嬲り殺して、その赤い血液を啜ることばかりに気を取られ、騒音で気づかれることにまで気が及ばないのだ。見つけやすいことこの上ない。おまけにこの町の市民はじつに臆病だ、恐ろしい物音でより夜を恐れて出てこない。
 だが、目に触れやすくなるとも言える。必ずしも不運なことに出くわしたその人間が、果たして皆が皆臆病だとも限らない。沖田は寒いから、などと土方を茶化していたが、事実早く片付けねば面倒ごとになりかねないのである。





「…………ぁははっははははは、きひぃ…………」

(…そこか)




 奇声を上げる人影を視界の端に捉え、斎藤は右の腰に差した刀の使に手を伸ばし、足を速めた。一気に間合いに切り込み、殺す。
 東側から路地に回り込み、逃げ道を奪う。平屋の並びを越えて、追い詰めようとした。








 その時だった。












_______ガキィィィィン!!













 鋼同士がぶつかり合う、硬質な音が鳴り響いた。続けざまに一合、二合、と音が続く。

(おかしい、副長と総司は南側から角へと追い込もうとしている筈だ。追いつくには早すぎる)

 潜伏する浪士にでも見つかったか? であれば尚のこと不味い。今日の脱走者はそこだけは習慣づいていたのか、傍迷惑なことに浅葱色の羽織を着ている。新選組の恥を流布するようなものだ。目撃者に逃げられる前に殺さなければ。
 民家の壁に背を付け、路地の先を伺う。想像通り、視界の先では三人の白髪が揺れている。その中心では、予想したより小柄な少年が刀を構えていた。羅刹たちはもとよりその武力を見込まれて新選組に入隊した屈強な男たちばかりだ。強化された彼らを対処できるとはとても思えない。
 だが、一瞬でその予想は覆った。少年の刀が隊士の刀を大きく弾き、間合いに踏み込む。大きく弧を描いた刃に再び刀が打ち込まれ、隊士の手を離れた。



「……許せよ」



 小さな呟き。

 刹那、羅刹の首が飛んだ。舞い散る血飛沫(ちしぶき)。
 そのままの軌道で、もう一人を肩から袈裟掛けに切る。奇声を上げて飛び掛かるその手を交わして斬り落とし、降りかかる芯のブレた斬撃を躱した。

 そのさばきの異様な鮮やかさ。器用な突きが三段であったなら、沖田と重ねたかもしれない。俊敏さと正確な太刀筋から相当な手練れであること読み取れる。
 ざあ、と強く風が流れ、雲が流れた。月光がこぼれ、少年と斎藤を照らした。暗闇のなかではよく見えなかった、彼のやや幼さが残る顔がさらされる。それよりも遥かに斎藤の目を引いたのは、艶やかに輝く、白金(しろがね)色の長髪だった。


(……何者なのだ、この少年は。)
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