AoT Novels(L)

□それは確かに今、ここにある。
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「……よし!」

兵服に袖を通し、立体起動装置を装着し、襟元を正す。
体調は良好。身体が軽い。前回休んでいる分、いつも以上に気合が入っていた。

「行こう」

自由の翼を、その背に纏う。

***

「大損害」

たった一体の巨人に、なぜこれだけの犠牲が出るのか。毎度のことながら、自分の無力さに嫌気がさしてくる。

「あんまり言わないほうがいいと思うよ……」
「……あんな団長、初めて見た。でも、何の成果も得られなかったのは、事実」

モブリットと共に厩舎から兵舎へ至る道中、リオは不意に零す。モーゼスの母親の言葉が、団長の叫びが耳に残っていた。

「…………」
「リオ、エルヴィンはどうした」

重い空気の中、それを裂くように一声。振り向けばリヴァイがいた。

「リヴァイさん。分隊長なら団長と何か話し込んでいたので、まだ街かと」
「……そうか」

何か用でもあったのかなと首を傾げて、用件を聞こうとした瞬間。

「!?」
「ッ、」
「わっ!?なに、地震!?」

3人が体勢を崩す程の揺れ。地震の割には短く、衝撃が大きすぎる。
ほどなくしてもう一波。

「地震じゃない……」
「……、嫌な予感がする」
「………………ガスとブレードを補充しに行くぞ」

リヴァイの判断で補充室に向かったのち、その声は兵舎全体に響き渡った。

「シガンシナ区の壁がっ、壊されました!!!!!!!!」

***

緊急体制配備に則り、調査兵団は速やかに補充を行なったのちにそれぞれの持ち場へと向かう。

「…………ッ」
「リオ、大丈夫か?」
「大丈夫です。でも、もう手遅れですよね、これ……」

壁の瓦礫が至る所に転がって、家や人を潰していた。既に無数の巨人に占拠されたシガンシナには、まだ大勢の一般人が避難出来ずにいる。

「街自体はな。だが、逃げ遅れてる人々がいる以上、我々がやるべき事は1つだ」
「……はい」

エルヴィンの言葉に、リオをはじめ分隊の全員がトリガーを強く握った。

「……これが俺の、……としての初任務か」
「え?」
「なんでもない。君もすぐに家族を探しに行きたいかと思うが、もうしばらく辛抱してくれ」
「……大丈夫って、言ったじゃないですか」

まずは兵士としての仕事が優先、それは彼女が誰よりもわかっていた。

***

数時間後、ウォール・マリアが突破され人類はそれを放棄。人類の活動領域はウォール・ローゼまで後退した。
決死の攻防の後、調査兵団は撤退せざるを得なかった。

「100年の平和の代償は、一瞬でしたね……」
「立て続けにシガンシナとウォール・マリアが突破されるなんて、思わないよね……」

壁の上から、ウォール・マリアだった場所を見下ろす。そこはもう、巨人が闊歩する壁外へと変わり果てた。

「……シガンシナ、及びウォール・マリアに生家があった者は今すぐ避難所に行き家族の安否を確かめよ」
「分隊長……?」
「リオ、君も行くんだ」

いつもと雰囲気の違うエルヴィンにリオは戸惑いを覚えたが、それでも行けと言う彼の言葉に彼女は素直に従った。

「ありがとうございます」

壁から飛び降り、立体起動を使い着地する。その足は、真っ直ぐ避難所に向かう。

「……俺も行こう」
「心配か?」
「……」
「止めないさ。付いて行ってやるといい」

エルヴィンを一瞥して、リオと同じ様にリヴァイも飛び降りる。そんなやり取りを少し遠巻きに見ていたハンジも、エルヴィンの様子がおかしい事に気が付いた。

「エルヴィン?」
「……いや、団長≠ニしての初任務が、こんな結果で良かったのか、と思ってな」
「…………え?エルヴィンが、団長?」

ゴーグルの奥の目を丸くして、ハンジが固まる。

「ああ。シャーディス団長は、退いた」

***

人混みを掻き分ける。立体起動装置が邪魔だと思いながらも両親の顔を探す。

(大丈夫……、大丈夫。お父さんとお母さんに限って、そんなことは)

焦りが滲み出る。いくつかある避難所の半分はもう回ってしまった。なのに両親は見つからない。視野が狭くなり、誰かにぶつかる。

「あっ、ごめんなさい!」
「ってぇな……。チッ、クソほどにも役立たない調査兵か」

その胸にはユニコーンが佇んでいた。忌々しそうにリオを見下ろすと彼女の胸倉を掴んだ。

「!?」
「税金の無駄遣いどころか、こういう場面で働かなくてどうする?なんのためにわざわざ壁の外まで出て行って巨人どもと戯れてるんだ」
「っ、壁外調査帰還後すぐの緊急体制に我々は速やかに対応しました!それでもこれだけ甚大な被害が出たのは、貴方がた憲兵団駐屯兵団の危機意識が低かったからでしょう!家族を亡くしましたか!?それが貴方だけとでも!?調査兵の中にも家族を失った者はいます!」

ここにきて調査兵団にケチをつけてくる憲兵にギリギリの理性を保って言い返す。回ってきた避難所の中で、同士が泣き崩れてるのを何度も見た。家族を失ったのは、皆同じなのに。

「こっの、クソアマがっ……!」

殴られる、と反射的に歯をくいしばる。だが、痛みはいつまで経っても襲って来ず力強く瞑っていた目を開ける。

「リヴァイさん……!」
「なんだっ、このチビッ、ててててて!!いてぇ!!!!」

リオを殴ろうとしていたその腕を片手で押さえ込み、憲兵は痛みに悶える。その握られている手首からはミシミシと骨の軋む音が聞こえた。

「調査兵団をテメェの感情の捌け口にしてんじゃねぇよ。タダ飯ぐらいはそっちだろうが」

更に力を込めたのか、リオの胸倉を掴んでいた手さえも離れる。このままじゃまずいと思い、咄嗟に止めに入る。

「リ、リヴァイさん!それ以上は骨が……!」
「お前がいいというのなら離す」
「大丈夫ですからっ。みんな、動揺してるだけですから……」

憲兵の手首を握っていた手に、己の手を重ねる。リオの手の温もりと表情を確認するとリヴァイはパッと手首を離した。

「クソッ、クソッ……!」

手首を摩りながら逃げるように立ち去る憲兵に目もくれず、リヴァイはリオを見る。

「付いてきて正解だったな」
「……ありがとうございます」
「…………家族は見つかったか?」

その問いに静かに首を横に振る。

「……まだ見てない避難所があるんだろう」
「はい」

みなまで言わずとも、リオは歩き出す。きっとここにいるはず、そう思い避難所へと入る。端から順番に顔を見て回る。

「リオちゃん……、リオちゃんかい!?」

すると少し離れた所からリオを呼ぶ声が響く。
家族、ではないが見知った顔にリオは緊張の糸が少し緩む。

「おばあちゃん!」
「あぁ、良かった……良かった……!」

老婆にかけ寄り、優しく抱きしめ合う。

「おばあちゃん、お父さんとお母さんは……」

腕を解いて聞くリオに、老婆は身体を震わせはじめる。悔しそうな表情を浮かべる老婆に、リオは、察してしまう。絶望の色が顔にでる。

「リオ……、悪い」

老婆の後ろから2人分の配給を持った壮年男性が彼女に声を掛けた。バツの悪そうな顔で老婆の横に腰を落とす。

「オレが母さんを背負って家を出た時には遅かった……。でけぇ壁の瓦礫が直撃してて、家の原型なんぞ留めていなかった……、すまない……!」

直接的な言葉は無くとも、それらの言葉が意味することは。
肩に強く力が入ったと思えば、次の瞬間には脱力して項垂れる。小指にはめた指輪が、濡れた。

「ううん……。おばあちゃんとおじさんがここに居てくれただけでも、良かったよ」

無理矢理に笑顔を作るリオの後ろ姿をリヴァイはただただ眺めていた。

***

喧騒の中、静かに歩く2人。横を歩くのは躊躇われて一歩後ろを歩くリヴァイはリオの背中を見つめ続ける。
彼女はといえば、小指にはめた指輪をずっとさすりながら歩いていた。

「……まさか、これが形見になるとは思いませんでした」
「そういえば、いつのまにか付けていたな。その指輪」
「ずっと机の引き出しの奥にしまってたんですけど、ちょっと前に思い出して……。子供の頃に両親に貰ったものなんです」

贅沢な暮らしが出来ていた訳ではないから、この指輪が最初で最後の贈り物だったと、視線を落とす。

「……両親の事を聞いたときは、ショック、でしたけど、不思議と前を向ける気がするんです」

100年の平和の代償が、ウォール・マリア放棄だとするならば。両親を亡くしたことは、自分が調査兵団でやりたい事をやり、皆によくしてもらっている代償だと、笑う。
そんな言葉で、片付けられるはずもないのに。

「……強がりがすぎる」
「強がりに見えますか?
……いえ、人の目からそう見えるのなら、きっとそうなんでしょうね」

指輪に落としていた視線をあげる。こんな事があった夜だというのに、星たちは我関せずとでも言うように煌めきを放ち続けている。
強がりじゃないのなら、なんなのだと聞きたくなるのを抑えてリヴァイはリオの横に並び歩く。

「リヴァイさんが居てくれて、良かった」

貴方が居なければ、どうにかなっていたかもしれない。と声にしない言葉を隠した笑顔は、月明かりを受け、悲しみの色を浮かび上がらせる。

100年の平和が失われた日
彼女が帰るべき場所は、いまや調査兵団ただ一つ。

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