AoT Novels(L)

□それは確かに今、ここにある。
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「もう聞いた事かもしれませんが、私はいつ死んでもおかしくないんです」

生れつきの病気でした。リヴァイさんなら分かると思いますが、地下街で満足のいく医療を受けることなんて叶わず、両親は私の死を恐れていました。私が病気の事を聞いたのは10歳の時、地上に上がってきた時のことでした。
両親は地上の医療なら病気を治せるかもしれないと大いに期待していましたが、それも叶いませんでした。両親は心底悔しがり、私に泣きながら謝ってくれました。でも私は、ずっと死と隣り合わせに生きてきて、死ぬことなんて怖くなくて、私を産んでくれただけですごく感謝してたんです。
地上には知らない物がたくさんありました。空も壁もくるくると変わる天候や季節も、全てが新鮮で。なによりも、空を羽ばたく鳥たちが、とても自由に見えて。私はその翼がほしくてほしくて仕方ありませんでした。
それからしばらくして地上での生活に慣れてきた頃、私は志願兵、ひいては調査兵団の存在を知りました。この重ね翼が自由の翼と呼ばれているのを聞いた時、私はこのために今もなお生きているんだと思いました。病気のことは隠し通して訓練兵団に入団して、そこそこの成績で卒業して、調査兵団入団式の直前に私はシャーディス団長の元へ行きました。調査兵団に入るからには病気の事を隠していざという時に発作が出たら足を引っ張ると思ったんです。私は言いました。
絶対足手まといにはなりません。壁中人類の未来の為に心臓を既に捧げている、と。
その場にエルヴィン分隊長もいたから、きっと私は今あの人の部下なんでしょうね。
……発作は、なにが原因で起こるか分かりません。このあいだのように咳が頻繁に出る前兆があれば、すこぶる体調は良かったのにいきなり発作を起こして吐血することもありました。風邪を引いたからと言って起きるわけでも、感情が昂ぶったから起きるというわけでもないので私も急に息が苦しくなって混乱することが多々ありました。それでもこの事を上層部しか知らないのは、私が壁外調査へ出るのは、私のわがままなんです。

「わがまま……?」
「そうです。……リヴァイさんは、エルヴィン分隊長から私の事を聞いた時、悪魔の様な人だと、思いませんでしたか?」
「……思った、な」

まるで心が読まれているかのような物言いにリヴァイは内心驚く。しかし、リオのここまでの話とエルヴィンの事がどう結びつくかまでは想像出来なかった。

「前に言いましたよね。私は悪魔に魂を売った、と。まぁ当の本人は受け取る気は無いようですが」

……はじめての壁外調査の時に、エルヴィン分隊長に命を救われました。死ぬのは怖くなかったし、所詮ここまでか、というぐらいの心積もりだったのに、助けられて、生き延びた。たったそれだけ、と思うかもしれません。でも私にとってはそこに大きな意味があった。だから私は言いました。
貴方の為にこの命を使いたい。だから私の願いを聞き届けてください。
分隊長は優しい人です。自分のために死なせる気は毛頭無いのに、私の願い、壁の外の自由に少しでも長く触れていたいという願いを。
だから団長も分隊長たちも、私が壁外調査に出るのを止めない。止めれないんです。前回の様な緊急事態を除いては。
でも分隊長は、何かを得るためには何かを手放す事が出来る人です。もしどうしても手に入れなければならないものがある時は、真っ先に私を手放してくださいともお願いしました。

「……っ!」

そこまで流暢に話していたリオの言葉が、詰まる。

「……?どうした」

だんだんと浅くなっていく呼吸に先ほどの言葉が蘇る。

ー体調が良かったのに、いきなり発作を起こして吐血することもありました。

血の気が引いていくのが自分でも分かる。咳が止まらないリオの肩を軽く掴む。

「ゲホッ」

彼女の白い手に少量の鮮血が乗る。その色合いに、あの日の光景が脳裏を掠める。

「ッ、オイ、だれかっ」

咄嗟に助けを呼ぼうとしたリヴァイの兵服の袖が、力なく引っ張られる。半分腰を浮かせた状態でリオを見れば、ここ最近が嘘かの様にひどい顔をしていた。

「待って、ください……!」
「だが……!」

咳に混じる嗚咽が、月明かりが反射するその雫が、リヴァイの全てを止めた。

「大丈夫っ、だから……!」

自分の腕に縋る彼女を振り払うこともできずに、リオに引き戻される様にリヴァイは元の場所に腰を下ろした。

「だれにも、言わないでっ」

咳も嗚咽も酷くなっていく一方のリオに対して何もできない無力な自分。そんな考えを打ち消すかの様にリヴァイはそっとリオの頭に手を回し、己の腕の中に閉じ込めた。胸元が彼女の涙で濡れて行く感覚に、ただただリオの髪を撫でる。
そして数分後、永遠の様な時間の先にリオは徐々に落ち着きを取り戻していた。

「…………大人しくしていようというつもりは、ないのか」
「……私は、壁な中でのうのうと生きて死を待つより、壁の外で死にたい」

未だ嗚咽で揺れるのを全身で受け止めながらリヴァイは目を細めた。この世に生を受けた時から死と隣り合わせだったからそう思うのか、はたまた、既に心臓を捧げたからと言うのかは分からないが、彼女の言葉には力強さがあった。

「この命が、誰かの代わりになるのなら、私はそれでいい」
「それは、誰が相手でもか」
「できれば……、団長や、エルヴィン分隊長、ハンジさん、ミケさん、ナナバさん、モブリット、そして、リヴァイさん……。みなさんの代わりに死ねるなら、私は本望です」

自分の名前が上がるとは思ってもいなく、でも心の何処かで望んでいた。

「俺は……、誰よりも、お前が大事……、なんだと思う」

口をついて出た曖昧な言葉に、腕の中のリオが顔を上げた。顔色は悪く、目元は腫れ、口元には吐血の跡。
それすらも、リヴァイは。

「俺は、たぶん、リオのことが」
「待って。……待って、ください」

言い終わる前にその人差し指がリヴァイの言葉を制止する。その先の言葉が何であるか気付いているはずなのに、彼女はそれを止めた。また、泣きそうになりながら。

「ごめんなさい……、その先の言葉は、聞けない……!」
「……何故だ」
「聞いてしまったら、私は私でなくなってしまう……!」

その言葉の意図するところは分からず、でもリオが聞きたくないというならばリヴァイは口を噤むしかない。

「分かった。だが、それは拒否≠ナはないんだろう?」
「……そんなこと、言わせないでください。私がそれを言うのも、ダメ、なんです」
「ならば俺の都合のいい方に取る」

より一層強く抱き締めれば、新たに濡れる感覚。
言えないならば、それでもいいと。たとえ一方的に終わったとしても、彼女と出会えた事に意味があると。

(俺はいつのまに、)

いつか、言えない理由を知れたなら。

(リオのことを、こんなにも想うようになったのか)

その時リオの横にいるのは自分だろうと、願いながら。

伝えたい想い、答えられない想い
彼の気持ちを聞いてしまった今、彼女は自分の気持ちに気づいていないフリをするしかなくなった。

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