AoT Novels(L)

□それは確かに今、ここにある。
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リオが余儀なく休む事となった壁外調査から約1ヶ月。次回の壁外調査まで、まだ日にちを必要とするようだ。
あれからリオの発作は起こる事はなく、だが頻度は減ったものの咳は止まらず、それでも体調は良い方向へと向かっていた。

「次回は行けそうか」
「はい、シャーディス団長。ご迷惑をお掛けしました」

顔色の良い笑顔で深々と一礼すると、彼女には目もくれない団長を見つめる。

「その、大丈夫ですか?」
「何がだ」
「私が言うのもなんですが、あまり顔色がよろしくないような……」
「構うな。退がれ」
「…………はい、失礼します」

一蹴され大人しく団長執務室を出る。所詮自分も団長からしたらただの一兵、口を出すだけ無駄だったかもしれないと廊下を渡る。

「リオ」
「エルヴィン分隊長……」
「顔色は良くなったというのに、表情は曇っているな」

彼の言葉にリオはハッとした様子でいつもの笑顔を見せる。が、それもすぐにしおらしいものとなった。

「団長の、顔色が良くない気がして……、気にかけたら一蹴されてしまって……」
「あの人はそういう人だ」
「分かってます……。けれど、最近すごく、何かに追い詰められているような、そんな気がして」
「たしかに、俺の作戦案も即行で却下されたしな」

2人で歩きながら、どうしたものかという雰囲気が醸し出る。誰が何を言おうと己の信条を貫いてきた人なのだ。何か機転になる事が無ければ、考えを変えることは無理だろう。
窓からは夕陽が差し込み、リオらを橙に染め上げる。

「……次の壁外調査は、もちろん行くのだろう?」
「当たり前じゃないですか!……まぁ、このまま体調が良ければ、ですけど」
「そうか」

前回行けなかった分、次回へのやる気が充ち満ちる。そんなリオの頭を優しく撫でるとエルヴィンはもう一つ思い出した。

「あれから、リヴァイと話したか?」
「! ……いえ。その、避けられてる、ようでして」
「あのリヴァイがか」

リヴァイが入団して以降、毎日毎日飽きもせず顔を合わせていたのに……実力的にリヴァイも上層部にいるので当たり前だが……壁外調査帰還後、リオが彼の姿を捉えても話しかける前に彼女の前から立ち去ってしまう。病気のことを話そうにも話せないでいた。

「……私が悪いのは、分かっているんですけど、」
「寂しい、か?」
「そっ、それはっ、半分……、違い、ます」
「半分は正解、と」
「……もうっ」

笑いながらリオの気持ちを当ててみせるエルヴィンはまた彼女の頭を撫でた。だがそれを言葉に出さないのは、エルヴィンがリオがどうしたいかを知っているからだ。茶化しはするが、核心をつく言葉は発しない。

「まあ、そのうちリヴァイの方から耐え切れなくなって話しかけてくるさ」

それだけ言って、彼は階段を降りていく。後ろ姿を見送りリオは1人溜息をつく。

「そうかなぁ……」

***

「リヴァイもさ、頑固だよね〜。リオが可哀想だよ」

上層部宛に届いた物資を自分達で運ぶ中、ハンジが態とらしく彼女の名前を出した。横目に己より低い頭を見れば、少しだけ反応していた。
リヴァイがリオと話さなくなって早1ヶ月。その異常さは、ハンジたち上層部が一番感じていた。

「あれだけ懐いてたのに」
「懐いてねぇつってんだろ」
「いてっ」

歩きながら脚を蹴られてハンジは少し体勢を崩す。懐いてる自覚があるからの蹴りだろうと、笑ってしまう。

「あれだけ毎日お喋りしてたのに、いきなりそれが無くなるってのはさ、私たちも寂しい訳よ。あとリヴァイを追いかけるリオを見てられない」
「お前はいつもアイツ主体で物を言うな」

以前リオに投げかけた問いを本人にも問いかける。

「なんというか、妹みたいな感じだからね。私に限らずミケもナナバもエルヴィンもだと思うよ。可愛い可愛い妹が病弱だったら、どうしても構いたくならない?」
「病弱、ってのは少し違うだろ」

たしかに、あの日の光景だけ見れば病弱だろうが、彼女は幾度となく壁外調査に行き、巨人を屠り、生きて帰って来ている。それを病弱と言えるだろうか。

「あ〜、そうだね。少し語弊があるね。兎にも角にも、リオの病気の事を知った上で彼女のあの健気さは、ついつい過保護的になっちゃうってわけさ」

過保護的、という割にはリオに苦労をかけさせている記憶しか思い浮かばない。

「……でも、本当に、そろそろリオに向き合ってあげてよ。リオは自分の口から話したいんだと思うよ。だから君を追いかけている。そんなこと、リヴァイだってもう気付いているんだろ?」

何が、とは言わない。2人の間にある問題≠ネどあの事しかないのだから。

***

バルコニーに続く2段しかない階段に腰を掛け、風に髪が弄ばれるのも気にせず星を見上げる。兵服を脱いでベルトを外した薄着で月明かりをその身に受ける。溜まっていた仕事はエルヴィンによって毎日小分けにされているため夜には暇になってしまうのだ。身体の事を気遣って、というのは分かっているがそれでも以前の様な忙しさを求めてしまう彼女は相当な仕事中毒者だ。
何をするでもなく流れ星でも流れないかなとぼーっとするも、リヴァイの顔が頭を離れない。

「……どうしよ」

あの日あの場所に居たことは分かった。病気の事自体はエルヴィンが聞かれたから答えられる範囲で答えたということも。話さないといけない。病気の事も。病気をおしてでも調査兵団に入り、なぜ壁外調査に出るのかを。悪魔に魂を売ったという意味を。

「話さないと、いけないのに」

膝を抱え込む。話したい気持ちと裏腹に、リヴァイとの距離は離れていく一方。どうしようもないと途方にくれる。

背後に1人、立っていることに気付かずに。

***

自然と足が動いていた。まるで入団当初の頃のように。夕方のハンジの言葉が効いた訳ではない、と己に言い聞かせ兵舎内を歩き回る。
なぜ避けていたのか、と問われれば明確な答えは無かった。ただ、きっと、漠然と思うのは、そんな事実知りたく無かった、とか、ずっと近くにいるものだと思っていたのにいついなくなってもおかしくない恐怖とか、仏頂面には似合わないそんな事。
いや、漠然とした中に1つだけ確かな物がある。
自分がリオとエルヴィンの間に割って入るのは不可能だという事が、リオとの距離を遠ざけていた。

(アイツは、俺が探すと必ずと言っていいほど部屋にはいねぇな)

今はそんなに仕事は振られていないはず。身体を気遣ってしばらくは早々に就寝する様にとエルヴィンに釘を刺されていたのを影で聞いていたのを思い出す。

「……」

窓から夜空を見上げて、とある場所を思い浮かべる。こんな星が綺麗な夜は、よくあそこへ出向いていた。どんな顔をして話せばいいか、なんてらしくもないことを考えながら足を向ければ、そこには白いシャツに月明かりを受けた少女が座り込んでいた。

「…………………………、リオ」
「!! び、びっくりした……」

声をかければ盛大に身体を揺らしてこちらを見上げる。その瞳に映ったリヴァイの姿にリオは目を丸くした。少しリヴァイを見つめた後、瞼を伏せがちに元の姿勢へと戻る。

「隣、いいか?」
「…………はい」

1ヶ月ぶりの会話はどこかぎこちなく、自分が避けていたのが悪いとはいえこんなリオを見るのは初めてだった。彼女の隣に腰掛けて、夜空を見上げる。

「聞きたいことがある」
「……私も、話したいことがあります。ずっと、ずっと、話そうと思っていて、話せなかった、大事なお話があります」

リオの言葉に、リヴァイはただ耳を傾けた。彼女が語らんとする、その現実に。

語り手の夜

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