AoT Novels(L)

□それは確かに今、ここにある。
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いつもならば早々に朝食を済ませ、全ての準備を終えている時間。兵舎全体から奏でられる騒音に、リオはまだ微睡みの中にいた。微かに声を漏らしながら寝返りをうてば、カーテンの隙間から差し込む朝日が瞼を刺激した。

「…………もう、こんな時間」

まだ半分寝ぼけながらも身体を起こして、ベッドの脇にかけていた懐中時計で改めて時間を確認する。間も無く、兵舎が空になる時間。リオは寝間着から部屋着に着替え、その上から兵服を肩に羽織った。休暇扱いの日にきっちり兵服を着ていけばまた何か言われるだろうし、だからと言って見送りに寝間着のまま行くつもりもない、と考えた末の格好だった。
自室を出れば、その階に人の気配はなく、下層からの騒音が微かに響いているだけ。

(本当なら、私も、もう下で準備してたのに)

肩で1つ息をして、廊下を渡り長い階段を降りていく。
忙しなく準備をする後輩たちから声をかけられれば申し訳なさそうな笑顔で答える。表向きは体調不良で伝えられているらしい。実際、顔色は良くないし、足取りも少しばかりふらついていた。
怠い身体を引き摺るように兵士たちの間を縫い潜り、正面玄関に辿り着けばエルヴィンがいち早くリオに気が付いた。

「部屋で寝ていても良かったんだぞ」
「そうはいきませんよ。送迎ぐらいはきちんとしないと。こんな大事な日に、お休みを頂く事になってしまったんですから」
「リオは律儀だね。エルヴィンと団長の命令で休みになったんだから、ふてぶてしく熟睡してても良いのに」
「私達がいないからって無理しちゃダメだよ?少しでも仕事した形跡があったら怒るからね!」

ナナバとハンジが割って入るように口を挟む。どれも彼女を心配しての事だった。
やがて鐘がなり、玄関が開け放たれる。凛と立つ上官たちの姿を瞳に映し、リオは敬礼をした。

「行ってくる。留守は頼んだ」
「行ってらっしゃいませ。無事のお帰りをお待ちしております」
「無理はするなよ、リオ」
「分かってますよ」
「暇だとは思うけど、きちんと身体を休めるんだよ?」
「はい、せっかくいただいたお休みですし、寝れるだけ寝ようと思います」
「もし面白い子がいたら、帰ってきてから話してあげるからね!」
「ハンジさん、それはリオの体に障る可能性があるのでやめた方がいいかと」
「楽しみにしてます。モブリットも、ありがとう」

上官たちと同期に一言ずつ声を掛け合う。別に何か思うところがあった訳ではないが壁外調査を休むという罪悪感からか、何か言わずにはいられなかった。
ハンジとモブリットが玄関を出た数歩後ろの彼に、リオは少しだけ言葉を詰まらせる。あの日以降、話せていないのだ。いつか言わねばと思っていた矢先にあの吐血量の発作を見られてしまい気まずくなっていた。
それでも、いつもの笑顔で。

「……リヴァイさん、お気をつけて」
「…………あぁ」

一瞬だけ目を合わせたリヴァイは、色々と言いたい事があるのを抑えて短く答えた。その表情に、リオの心が、少し、音を立てた。

***

最後の1人を見送り、玄関を閉めたリオは先程まで大勢がいた兵舎内を見上げた。夜中でも人の気配が絶えない舎内が、静寂に満ちていた。
まるで、この世界に自分しかいないみたいだと思いながら彼女はまた長い階段を上る。靴音が、異常なまでに響き渡った。
自室に戻ると、兵服を椅子の背に掛けてそのままベッドに横たわる。また部屋着から寝間着に着替えるのも面倒で、己の重さで沈みゆくベッドの感覚に身体を預けた。
まだ体調が優れていないのは自分が一番分かっている。深く深く呼吸をして、瞼を閉じる。
窓の外では、調査兵団を見送る住民たちの声がこだましていた。

***

『はっ……はっ……』

調査兵団の現状は知っているつもりだった。壁の外にどれだけの恐怖が待ち受けているかも、どれだけの損害がでるかも。理解してしているつもりだった。
だが目の当たりにしてみれば、それは想像を絶するもので。
彼女はそこで初めて知った。
巨人のその存在感を。
巨人がどうやって人を食らうのかを。
仲間が、どんな顔で死に行くのかを。

(奇行種が振り切れない……!せめて、どこかもっと木々がある場所へ……!)

馬を全速力で走らせても振り切れないほど足の速い奇行種に追いかけられ、彼女は完全に隊列から切り離されていた。どこを見回しても木々が乱立している場所は視界に入らずパニック寸前だった。

(苦しい……!発作……、起きそう……!)

息苦しさに顔を歪めながらも、奇行種との距離を測る。

『え……?』

そこに巨人の姿は無く、代わりに彼女に影を落とした。
ゆっくりと見上げた先には、空を見せんとする巨体が。

(死ぬ)

そう思ったのと、本能が身体を動かしたのはほぼ同時で力一杯手綱を引いていた。ギリギリの所で空から降ってきた奇行種を避けるもその風圧で馬ごと吹き飛ばされる。

『っ……!!』

至る所を強打しながら地面に転がった彼女は全身を軋ませながらどうにか立ち上がろうとする。
奇行種は未だ地面にめり込んだままで動く気配を見せなかった。

(今のうちに……、もっと、壁の方へ……!)

だが気持ちと裏腹に息が浅くなっていく。足腰に力が入らずその場にへたり込む。

『ゲホッ、ゲホッ……!』

壁の外で立ち止まるなど自殺行為。そんな言葉が頭を過るなか、視界の隅で微かに動き始める巨体。

(今度こそ、本当に、食われる)

震える手でトリガーにブレードを装着しようとするが、咳き込みが激しさを増してそれどころではない。
奇行種は再び、彼女の上に降り掛かる動作に入っていた。

(結局、何1つ成果をあげれず、)

入団式の前に、団長とたまたま近くにいた分隊長に啖呵を切ったことを思い出す。

(死ぬんだな)

死への恐怖はないけれども、全てを諦めて、最後の空を見上げた。

(もっと地上を、壁の外の自由を、堪能したかった)

静かに目を伏せれば、風を切る音が鼓膜を揺らし身体は浮遊感を纏っていた。

『…………、エ、エルヴィン分隊長!?』

自分が抱え上げられていることに気付くのに数秒、そして自分を抱え上げている人物に驚き、発作はいつのまにか止まっていた。

『怪我は?ガスはまだあるか?』
『し、してません!まだ充分にあります!』
『なら良かった。死にに行くには、まだ早いぞ』

その言葉に、彼女はトリガーを握り直した。己を抱え上げていた手を離されるとそのまま立体起動に移り上官の背中を追う。
白と緑の重ね翼を、追う。

(ああ、私にも、自由の翼はあるばすなのに……。私は、ああいう人のために命を尽くさなきゃいけないんだ)

たったこれだけの事が、彼女の生き方を変えたのだ。
それが、彼女にとって初めての壁外調査のことだった。

***

「………………」

目を覚ましたのは、日が軽く傾いた頃だった。
あの日の記憶を夢に見たのは、いつぶりだろうかと、幾分軽くなった身体をベッドから起こす。少しぼうっとしてから、思い出したかのように机の引き出しを開けて一番奥にしまい込んでいた箱を取り出した。
幼少期、まだ地下街にいた頃、両親にプレゼントされた指輪。小指にならはめれること確認して、細い指を銀色で飾る。

「元気にしてるかな……。近いうちに、会いにいかなきゃ……」

2人の笑顔を思い浮かべていれば、街中に響き渡る鐘の音。調査兵団の帰還を意味する鐘の音に、リオは椅子の背に掛けておいた兵服を羽織る。
まだ兵舎に戻ってくるまで時間はあるが、足が玄関へと向かう。
彼らならきっと無事に帰ってくると信じている。
だからこそ、いつもの笑顔で出迎えるのだ。彼女を救った分隊長と、面倒見の良い上官たちと、小柄で不器用な彼に伝えたいのだ。

「お帰りなさい」

次は絶対、一緒に行くという意味を奏でて。

あの日の記憶、今伝えたい言葉

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