AoT Novels(L)

□それは確かに今、ここにある。
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「リオはこの調査兵団の中でどういう立ち位置なんだ」

ズカズカと入ってきたと思ったら大きい音を立てて椅子に腰を掛け、リヴァイはそう問いかけた。
書類から少し視線をずらして横柄な態度を顕著に見せる彼にエルヴィンはまた書類に視線を落とした。

「そういえば、君には彼女の立場を詳しく話していなかったな」

心なしか楽しそうな声音で喋るエルヴィンにリヴァイは軽く舌打ちをしたが、彼女についての話は聞きたいらしく大人しくエルヴィンが続けるのを待っていた。

「リオは俺直属の部下だが、どこの分隊にも班にも属していない。これは調査兵団内の風通しを良くするためだ」
「風通し?」
「新兵だと、班長や分隊長、ましてや団長に意見をするのは気が引ける者もいるだろう。だがリオ相手にならどうだ?」

バチリと視線を合わせて含みを持たせた言い方に苛つきながらリヴァイは自分がここに来てから今までの事を思い返す。

「……まあ、言い易い、だろうな」
「そうだろう。我々上層部からの信頼も、新兵たちからの信頼も厚い。加えてあの面倒見の良い性格。簡単に言えば架け橋、だな」

そう言われて地下倉庫で夜遅くまで備品整理をしていた日のことを思い出す。確かに一兵たちから慕われていたし、上層部からの、なんていうものは一目瞭然だ。

「……」
「納得してくれたかな?」
「あいつは文句言ってねぇのか」
「嫌な顔一つせず、全て受け入れてくれてるよ。嫌だったら嫌で、俺に言ってるさ。それとも、何か君に愚痴でも零したか?」
「いや……」

何か言いたげにするもののはっきりと口には出さないリヴァイに苦笑を浮かべつつ、エルヴィンはまた書類に目を通しはじめた。

***

「今の立場に文句、ですか?う〜ん、私も好きでやっているので特には」

特に何をするでもなく後輩兵士たちと雑談するリオを捕まえて聞いてみれば不思議そうに答えられた。

「それに、私がどこにも属さないのは、色々な事情が絡み合って、ですからね……コホッ」
「……最近咳が多いようだが、体調でも崩してんのか?」
「んっん……、いえ、そう言うわけでは」

喉の調子を戻してから何かを隠そうとする言い方をされ、リヴァイは怪訝に思う。咳だけの話ではない。咳が出始めた頃から毎食薬を飲んでいる。そこまでしていて体調を崩していないとなるとなんなんだ、と。

「とにもかくにも、現状に文句があったらエルヴィン分隊長に申し出てますよ、私は。
……それに、私は悪魔に魂を売っていますから」

その言葉に、彼は何も言えなかった。

***

夜も更け、自室のベッドに倒れこむが昼間の彼女の言動が気になりリヴァイの目は冴えていた。色々な事情、悪魔に魂を売った。ただの女性兵士の口から出る言葉とは到底思うことは出来ず、悶々としながら寝返りをうつ。

「……騒がしいな」

先程から部屋の前をいくつかの足音が行き交う。何かに慌てている様子の足音にリヴァイは耳を澄ませた。

「……ハンジさんが…………て、様子を……」
「リオの…………は?」
「それが…………」

ドアの向こうからエルヴィンとモブリットの声が聞こえ彼女の名前に反射的に反応して身体を起こすと、消え去って行った足音を追うようにリヴァイは自室を出た。2人の後ろ姿はナナバの部屋もハンジの部屋も無視して迷わずリオの部屋へと向かっていた。ドアを開けた状態でミケが何かを凝視し、中からはハンジとナナバの声、それからここ最近で聞き慣れてしまった咳……それもかなり深刻そうな……が鼓膜を揺らす。
前を歩いていた2人がそこに着くと、エルヴィンは一瞬目を見開き、軽く伏せた。モブリットは心配でたまらないと言った様子で拳を握りしめていた。
リヴァイがようやく追いつき、部屋の前に立つ3人の間から見えたのは。

「なっ……!」

床に倒れ込み、鮮血を撒き散らし、ハンジとナナバに介抱される、リオの姿。咳き込みすぎなのか、はたまた吐血のし過ぎなのか、その顔は真っ白になっていた。

「これ……、やばいんじゃないの……?薬が効いてないんじゃ……」
「でも、内地から薬を取り寄せた所でリオは飲まないでしょう」
「本人が飲みたがらないんじゃ、取り寄せたところでな……」
「吐血量が前回の比じゃない。それに、発作のスパンが短くなっている。
……次回の壁外調査には、連れて行けないな」

エルヴィンの言葉にリオは血を吐きながらも睨みつける。その表情は、普段の彼女からは想像も出来ない今まで見たこともない顔だった。

「ゲホッ、はっ……、待って、ください……!」
「これは命令だ。シャーディス団長もそう判断するだろう」
「それじゃっ、話が違う……!」
「……何もこの先ずっと、という事ではない。とりあえず療養せよ、という意味だ」

2人の会話を、全員が深刻そうな顔で見守る。息も絶え絶えになりながら反抗的な態度を取るリオを宥める様にハンジがその背中をさすった。

「リオ……、いつもなら味方をしてあげるけど、こればかりはエルヴィンに賛成だ……。次の壁外調査は休んだ方がいい」
「でも……!」
「貴女のためだよ、リオ」

ハンジの優しい声にリオは諦めた様に俯いた。それを見届けて、その場を足早に去るエルヴィンの背中をリヴァイは呼び止めた。

「……っ、オイ」
「なんだね」
「あれはどういうことだ……!」
「……場所を変えよう」

怒気を孕んだリヴァイの問いに、エルヴィンはリオの部屋からいくつか離れた空き部屋へと入って行った。その影に続き部屋に入れば、エルヴィンは窓辺に立ち月夜を見上げていた。

「…………彼女は、不治の病にその身体を蝕まれている」
「は…………?」
「どんな薬も、最先端たる医学も効かない、悪戯に命を削っていく。ああやってな」

月夜を見上げたまま話すエルヴィンに、リヴァイは頭が追いついていなかった。面倒見が良くて、どんな仕事も文句一つ言わずにこなして、壁の外では悠々綽々と巨人を葬るあの少女が、病魔に蝕まれている。命を、削っている。
その言い回しにリヴァイはある一つの問いかけに辿り着く。そして無意識の内に発していた。

「…………余命は」
「余命なんてものはない。……いつ死んでもおかしくないそうだ」

ようやくリヴァイの眼を見て言った答えが到底受け入れられるものではなく、自分より幾分か上にある胸倉に掴みかかる。

「テメェは、テメェらは正気か……!?そんなヤツを壁の外に連れて行き、ましてや巨人と対峙させるなんぞ……!!」

悪魔のやる事だ、と口をついて言いそうになる。

「……それはリオが望んだ事だ」
「あいつが……?」
「病気の事は、入団式より前に団長や俺に直接話しに来てくれたよ」

それでも絶対足手まといにはならないと、壁中人類の未来のために心臓を捧げると、そう言って聞かなかった。

胸倉を掴み上げていた拳が震え、そっと解かれた。エルヴィンは襟元を正す事なくリヴァイを見据える。

「じゃあ……、あいつの立ち位置に関わる色々な事情≠チてのは」
「リオが言ったのか……?
……そうだ、病気の事があるからだ」
「っ、悪魔に魂を売ったってのは……!」
「おそらく、俺に対してだろうな」

その質疑応答で、嫌でも分かってしまう。
エルヴィンとリオの間に交わされている約束に自分が立ち入る隙は無いのだと。彼女が望んでやっていることに、どうしてただ連れてこられただけの自分が口を挟めるのだろうと。

「気は済んだか……?」
「…………」
「言っておくが、これはシャーディス団長はじめ上層部だけが知り得る事だ。くれぐれも他言無用で頼む」

己の無力さに打ちひしがれるリヴァイの肩を叩くと、タイミングを見計らったかの様にハンジがドアを開けた。

「とりあえず発作は治まって、今は私の部屋で寝かせてる。掃除しないといけないからね」
「そうだな。……ハンジ、リオのこと、頼んでいいか?」
「元よりそのつもりさ。気付いたのも私だしね」

日中とは違い、結われていない髪を揺らしてエルヴィンを見送ると、ハンジは立ち尽くすリヴァイへと視線を送る。

「……リヴァイ、このこと、あまりリオ本人に言ったり聞いたりしちゃダメだよ」
「……ああ」

一言短く答えると、月明かり差し込む空き部屋を出る。自室へ向かう足取りが重い。頭にあるのはリオのことばかり。

(オレは、なにも)

その笑顔の代償が、命だなんて。

知らなかった

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