AoTNovels(S)

□おやすみのキスを君に
1ページ/1ページ


「あれ、リオはお酒じゃないのかい?」

一年に何度か設けられる壁外調査への景気付けの場。肉……は並ばないものの安くはあるが大量の酒が食堂に出回る。もちろん未成年はジュースなわけだが、成年組のほとんどは酒を片手にどんちゃん騒ぎをしていた。
てっきり己のいるテーブルに置いてあるジョッキにも酒しか入っていないだろうと覗き込んだリオのジョッキには水が注がれていて、ナナバは首を傾げた。

「……ナナバはさ、酔ったのちにぐっすり寝落ちする確率と醜態晒す確率が五分五分だったら、飲む?」
「醜態ときたか……。まあ控えはするかもね」
「そういうことだよ……」
「? 何かやらかしたの?」

深刻そうな顔で水を飲むリオはナナバの問いに答えようとしない。するとハンジがああ、そっかと口を割る。

「ナナバはこの間居なかったね。この間って言っても半年ぐらい前だけど。ほら、リオがやたらと雑務ばっかやらされてた時あったでしょ?」
「そういえば、死にそうな顔してやってたね」
「あれにはね、こういう経緯があったんだ」

ハンジ曰く。
その日はたまたまエルヴィンもハンジもミケもリヴァイもリオも夜に時間が出来て街の酒場に出向いたらしい。この面子の中で唯一酒に弱いリオはいつも最初の一、二杯だけで後は水を飲んでいたがこの日は誰よりもハイペース。すっかり出来上がった頃に、たまたま居合わせた、これまた出来上がっている憲兵の挑発に乗ってしまいその場で全員をこてんぱんにのした、らしい。

「あっははは!なにそれ見たかったなぁ」

想像しただけで確実に面白かったであろう事の顛末にナナバは笑う。リオはむすっとした顔で相変わらず水を飲んでいた。

「で、その事があったから今日は飲むに飲めないと」
「もう雑務地獄は嫌だ……。っていうか、あの時誰も止めに入らないっていうのがおかしいと思うんだけど!」

バンッとジョッキをテーブルに叩きつけると、飲みきったのかポットからまたジョッキへと水を注ぐ。

「だいたいエルヴィンだってあの後ナイルさんに怒られたんでしょ!?その場にいたのになんで止めなかったんだって!」
「ああ、怒られた。たが、あれだけ面白いものはそうそう見られないだろうしな」
「やばかったよね〜、リオが次々と憲兵をフルボッコにしてくの」
「あの対人格闘はなかなかのものだった」
「酒に弱いくせに自制できないのが悪いんだろ」
「ぐっ……!言わせておけば好き勝手……!」

止めなかったエルヴィン達にも非はあると糾弾するも口々に事実を突きつけられ言い返せなくなる。実際、あれが自分じゃなくて他の誰かがやったことならエルヴィンたちと同様面白がって止めに入らなかったと安易に想像がつくからだ。

「とにかく!今日はお酒は飲まないから!さすがに新兵たちの前で醜態は晒せないから!」

またもやジョッキをテーブルに叩きつけてリオは口を尖らせた。

***

酒が進み腹も膨れ、どんちゃん騒ぎが増す一方で睡魔に勝てない者が出始めた頃。

「……てか、リオさ、水飲みすぎじゃない?」
「…………」

三つ目のポットを空にしようとしていたリオにハンジが投げかけるも、彼女は答えない。確かに飲みすぎだと思ったエルヴィンたちも顔を合わせてリオに視線をやる。

と。

「ね〜リヴァイ、わたしのどこがすき?」

決して大きな声では無かったが、どんちゃん騒ぎを止めるには充分な一声で食堂にいた全員が上層部が囲むテーブル、ひいてはリヴァイとリオに視線を集めていた。
二人の関係は周知の事実だが、公衆の面前で……例えそれが酒の席だとしても……リオがそんな発言をするなど有り得ないことだった。
リヴァイはジョッキを傾けたまま固まってしまった。

「リオ……、酔ってる……?」
「よってない!わたしはみずしかのんでないもん!」
「いや呂律がギリギリなんだけど……」

先程まで普通に会話をしていた分、急な出来事にハンジたちも戸惑いを隠せない。ふとリオが口を付けていたジョッキが目に入ったナナバは鼻を近付ける。

「これ……、お酒だよ……」

エルヴィンを除いた三人の顔から血の気が引いていく中、リオはリヴァイにぴったりくっついて、未だにどこが好きかを執拗に聞いていた。

「ね〜、どこがすき〜?いってよ〜?」
「…………言わねえ」

ようやく落ち着きを取り返したらしいリヴァイがそう言うと、リオは彼の腕に抱きつく。言わずもがな、リヴァイの腕はリオの胸に埋まる。

「…………」
「リオ!部屋に戻ろう!ね!?」

このままじゃ2人の尊厳に関わると踏んだハンジがリオをリヴァイから離そうとするが、腕を離す気配は無い。その代わりに涙ぐみ始めた。

「えっ」
「ハンジのいじわるぅ……!リヴァイはわたしのだもん……、リヴァイがここにいるならわたしもいる……!」
「こりゃテコでも動かなさそうだな!そろそろ全員の視線が刺さってるリヴァイが可哀想だぞ!」

これなら前回の様に暴れ回ってくれた方が良かったと頭を抱えるハンジ。ミケもナナバもどうしようもないと諦めかけている。エルヴィンは面白そうにただ眺めているだけだ。

「また面倒な酔い方をしたな」
「普段口に出せないからこうなったんじゃない?」
「見てる分には面白いな」
「テメェら他人事だと思って……」

同僚らをひと睨みするとリヴァイはため息をついて席を立つ。

「リヴァイ……?」
「俺が一緒に部屋に戻ればいいんだろ。行くぞ」

立ったついでにそっとジョッキを遠ざけるとリオが間髪入れずに声を上げる。

「みずもってく!」
「はぁ…………」

またため息をついてナナバに目配せをすれば、リオに気付かれないように中身を本当のただの水と入れ替えさせリヴァイは自分のジョッキとリオのジョッキを持つ。

「これでいいな?」
「うん!」

ぴょこぴょことリヴァイの後ろをついていく足取りは至って普通。全くもって分かりにくいとハンジは腰を下ろす。

「リオ……、どうせまた今日のこと思い出して悶絶するんだろうね」
「そもそも記憶が残っているかどうかすら怪しいがな」
「確かに」
「みんな!今見たことは絶対にリオ本人に言っちゃダメだからね!」

できればリヴァイのためにも全員記憶を消してくれと言いたげにハンジはジョッキを煽った。

「酔い、覚めちゃった……」

***

「リヴァイ〜」
「なんだ」
「すきぃ」
「知ってる」

何度も繰り返すやり取りに飽きもせずご満悦の様子のリオに呆れ返る。彼女の自室に着けば、そのままベッドにダイブ。リヴァイはジョッキをテーブルに置くと、リオの横に腰をかけた。

「飲むんじゃねぇのか」
「あとでぇ」

ごろん、と仰向けになったリオはリヴァイの横顔を見つめる。急に大人しくなったところでまたどんな爆弾発言が飛び出すか分かったものじゃないとリヴァイは視線を合わせない。

「ねぇ…………」

ん、と両腕を広げる。その行動の意味を察するとリヴァイはまた溜息をついた。

「どうせ記憶が飛ぶ奴なんて抱かねえよ」
「なぁんでぇ」

そう抗議するリオの瞼は既に重力に負けて半分ほど閉じかけていた。腕を下ろさせてリオの頭を撫でれば、くすぐったそうに唸る。

「ん〜……」
「眠いなら寝ろ、リオ。お前の記憶に残らない時間を過ごしたって意味ねぇからな」

リヴァイの言葉を最後まで聞いたかどうかは分からないが、リオは寝息を立て始める。子供のような寝顔にリヴァイも少しばかり頬が緩む。そしてリオの寝顔を見つめ続け前髪に邪魔されていない額に口付けを落とし、言う。

「……全部、だな」

彼女の問いの、その答えを。

おやすみのキスを君に
(ねぇ……、昨日の記憶が途中から全く無いんだけど……)(やっぱりか……)

Fin...

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ