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□貴方の全てを奪う
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言うなれば、それは独占欲なのかもしれない。
けれども他の誰か……女性とか……と親しげに話していようが嫉妬するわけではないので、もしかしたら違うのかもしれない。
自分の中で渦巻く何かしらの欲≠フ正体が掴めないでいる彼女の視界に今日もその欲の対象となる彼の姿が入る。
「リオ?」
「ん、なに、ペトラ」
すんとした表情で彼の姿を追っていれば愛くるしい顔をした同期が首を傾げた。リオの反応に、先程まで見ていた視線を追って、ああ、と納得する。
「またリヴァイ兵長?」
「また……、と言われるほど見ているつもりは無いけれど」
「私からしたら、結構な頻度で目で追ってる様に思うけど」
にこやかに返されて、あまり表情を表に出さないリオは少し如何ともしがたい顔をした。
「あの強さは憧れちゃうよね」
「……ペトラの場合は、憧れ、というより、好意、なのでは」
「ちっ、違うよ!違うから!そんなこと言ったらリオもなんじゃないの!?」
分かりやすいほどにテンパっているペトラの顔はほんのり赤く染まっていた。ああやっぱりこの子は可愛いなと思いつつ、言われた言葉を反芻する。
「目で追っているから好意がある、というのは直結させていいものではないと思う。特に私は、そういう所に関しては、普通の人と違うから」
「うう〜、またそんなこと言っちゃって……。リオは私たちと何も変わらないよ」
「……そうだったら、嬉しい」
俯きがちに話しながら、目はまた彼の姿を捉えていた。小柄な人類最強は誰かと話し終わり踵を返そうとしたところで2人に気付き、近付いてきた。
「え、ちょっ、こっち来た!?」
「なんで怯えるの。好意を抱いてるならこれはいい機会」
「だ、だから違うってば!」
この状況下で未だに好意がどうのこうのと騒ぎ立てているがリオはリヴァイの眼が確実に自分たちを捉えていると気付き、ペトラに口を噤ませる。
「オイ」
そうこうしているうちにリヴァイに声をかけられペトラは緊張した面持ちで、リオは形式的に敬礼した。
「リオ、このあとハンジの所へ戻るか?」
「戻りますが、なにか」
「これを渡しておいてくれ」
「ご自身で渡されないのですか」
ピラッと差し出された数枚の紙を受け取りながらも問いかければリヴァイはすでに歩き出そうとしていた。
「今からエルヴィンと出てくる」
「そうですか。了解致しました」
「助かる」
黒髪を揺らしながら2人の元を離れたリヴァイの後姿が見えなくなる頃、ペトラは思い出したかの様に息を大きく吐き出した。
「リオ……、よく普通に話せるね……」
「……ハンジさんといると、話す機会があるから」
「私も第四分隊だったらもっと話せたかなぁ」
おそらく無意識に呟いたであろうペトラを見下ろせば、やはりその瞳に好意の色が伺えた。自分がもし彼女らと何ら変わらず、リヴァイに好意を抱いていたとしたら、こういう時にモヤモヤするのだろうなと考える。
「やっぱ上の方の人たちばっかり集まってると、普段聞けない話とか聞けたりするの?」
「……リヴァイ兵長絡みなら、実は身長の低さを気にしている、とか、今までにモテたことがある……とか……?」
「初耳だしすごい気になる話だけど、それってあまり言いふらさない方がいいんじゃ……」
興味半分恐れ半分な顔で言うペトラにリオは少し考えたあと己の口に人差し指をあてた。
「ペトラが誰にも話さなければ、大丈夫」
***
「うん!これならなんとかなりそうだ!半分ぐらいリオの実力に頼る事になっちゃうけど!」
満足そうに大声をあげるハンジにリオの横に立つ副官のモブリットは少々呆れ顔だった。
「私は構いませんが……、よく捕獲作戦の許可がおりましたね」
「エルヴィンもようやく分かってくれたんだよ!」
「ハンジさんがめちゃくちゃにゴネるからでしょう……。リオにだって事後承諾なのに許可は貰ってるなんて嘘までついて……」
「あっ!言うなよモブリット!」
慌てるハンジにリオは言われればやるだけと思いながら上官のやり取りを半分ほど聞き流す。ハンジに直接第四分隊に入って欲しいと懇願され、何かとハンジとモブリットと共に行動をしているが、正直何故選ばれたのか理由は分からないし、彼女にとってそんな事はどうでもよかった。だがハンジに言わせれば、巨人相手に恐怖も無ければ憎悪を抱いている訳でもないという一点だけで勧誘したらしい。
「あとはしっかり提案書にまとめるだけだ!モブリット、今日は徹夜だよ!」
「はい…………」
「リオにはまた今度、もっと詳しく話すね!ああそうだ、これ、備品室に戻しておいてくれるかな?そしたら今日はもう休んでいいから」
ますますやる気を入れるハンジは机の一角を占領していた備品の入った箱を指差した。一体何に使ったのだろうかと思えるものばかり入っているがリオは考えない事にした。
「分かりました。お先に失礼します」
そこそこの重さの箱を持ち上げると軽く一礼した。
***
一歩進むたびに備品が箱の中で音を立てる。今このタイミングで巨人捕獲作戦の提案書を出すという事は次回の壁外調査でそれが行われる可能性高いという事だ。いつもの兵站拠点作りじゃないと考えると少しの楽しみがリオの中に積もる。
(……灯り、ついてる)
備品室に入れば一角から微かな灯りが届いた。こんな時間に自分以外にも雑務を頼まれた人間がいるのかと、ひとまず箱を机の上に置きにいく。
「……リヴァイ兵長。お疲れ様です」
「ああ、リオか」
少々行儀悪く机に軽く腰を掛けていたリヴァイに無機質的な声で話しかける。そんなリオと視線を合わせたかと思えばすぐに手に持っていた何かに戻された。
動くたびに揺れる黒髪が、やたらと目に付く。
(触ってみたい、と思うのは、どういう部類の気持ちなんだろうか)
箱から両腕に持てるだけ備品を持って、迷う事なく棚に戻していく。2度ほど往復すれば箱の中身は全て棚に戻せたが、その間もリヴァイは何かを見つめ続けていた。
(憧れでも、好意でもない。なのに何故、私はリヴァイ兵長を目で追っている……?)
空箱を所定の位置に戻して備品室を出ようとしたが、やはりどうしてもリヴァイが気になるらしい。リオは無意識に足を止めた。
「……どうした」
「…………いえ」
リオの視線にようやく気付いたのかリヴァイは顔をあげた。彼にとって意味深な間を開けて視線を逸らしたリオにリヴァイは身体ごと向き直った。
「お前はよく俺の事を見ているが、顔に何かついてるか?」
「そういう訳ではありませんが、私が貴方を目で追っているのは確かのようです」
ペトラの言葉を思い出しながら素直に口にする。自分でそう思っていなくても同期に言われたとなればそれは事実以外のなんでもないのだから隠したところで、という感じだろうか。
「ところで、兵長は先程から何を見つめていらっしゃったのですか。私のように雑務を頼まれた、という訳ではなさそうですが」
「雑務なら頼まれたさ、エルヴィンに。終わらせたがな」
手の中で転がされている物を注意深く見てみれば、灯りが反射してキラリと光っていた。
(兵長が、エルヴィン団長たちや壁外調査以外の事でこんな表情見せるなんて、珍しい)
「帰り際に無理矢理握らされたんだが、どうしたものかと思ってな」
ぱっと開かれた手にはシンプルなネックレスが引っかかっていた。思いもよらぬ物が飛び出したと言わんばかりにリオは目を見開いた。
「お前でもそんな顔をするんだな」
「……帰り際に握らされた、というのは」
「どこぞの貴族の御婦人だと」
エルヴィンから聞いた話だがとでも言いたげに自分はよく知らないと言った感じだった。第四分隊に早々に引き抜かれたとはいえまだまだ下っ端のリオは、心がざわついていた。今日は内地に行っていたのかと思いつつ揺れるネックレスが目障り≠ノ思えた。
(知らない。こんなリヴァイ兵長を、私は知らない。この気持ちは、なに)
「捨てようとも思ったが、女はこういう着飾れるもんが好きだろう」
「人によりけり、だとは思います」
「まあお前やハンジは興味無さそうだな」
(その貴族の御婦人は、どういう意図でリヴァイ兵長にそのネックレスを渡したのだろうか)
自分でも視線が冷ややかになるのが分かる。今まで感じたことのない気持ちの揺らぎに動揺が混じる。
(それこそ、好意、恋心、だろうか。彼はきっと、誰のものにもならないだろうに……。私なんて、その領域にも立てないのに)
そこまで考えて、気付く。
リヴァイはおそらく誰のものにもならない。結論が出ているのに彼を目で追う理由。そしてこの気持ちをリオが言い表せれないのは、彼女に今まで物欲というものが殆ど無かったからだろう。
(ああ、そうか。私はただ、この人が欲しい≠フか。それこそ、この人の何もかもを)
「今日お前が一緒にいたあの同期はどうだ?お前の手から渡してやれば、っ!?」
ガタン!と大きな音が備品室に響く。
例え人類最強だとしても、真正面からやり合えば敵わないパワー差だとしても、相手が油断していれば組み敷く事は容易なことだった。
ネックレスを持っていた左手首と右肩を抑え込みながら、机から投げ出されている下半身に自分の身体を押し付ける。
リヴァイが反撃してくる様子が無いのを確認するも、リオは力を抜かなかった。
「……何の真似だ」
「申し訳ありません。ただ、今から私が言う事を真面目に受け止めていただくには先にこうした方がいいと本能が判断しました」
「お前は野生の獣か」
リオがどんなに力を込めようが痛くもかゆくもないのか涼しい顔で彼女を見つめる。
「こんなところ誰かに見られれば、俺もお前も勘違いされるぞ」
「構いませんよ。ですので、私が今から言う事、一度しか言いませんのでしっかり聞いてくださいね」
彼女は気付かない。己の口角が微かに上がっていることを。己が、興奮していることを。
「私は、貴方が欲しいです。私は、誰のものにもならないであろう人類最強を、手に入れたい。そこに恋だの愛だの憧れだのはありません。子供が新しい玩具を度々欲しがるのと、おそらく原理は変わりません。ほかの誰かも貴方を欲しがるというのなら、貴方は私の物だと自慢したい。貴方がほかの誰かの物になるというのなら、いえ、同意は得られないので貴方が誰かの物になろうがならまいが、私は貴方の全てを奪う」
「……よく喋るな」
「私は元々よく喋ります」
リオの瞳に映り込む自分が、彼女にはどう見えているのかとリヴァイは思う。少し本気を出せば振り退ける事も可能だろうにそれをしないのは同僚の部下を傷つけたくない一心なのか、それとも。
「貴方の身も、心も、なにもかも奪います。例え貴方が心底私の事を嫌いなろうと、手放しません」
「ほう……。やれるものならやってみろ」
「その言葉、覚えておいてくださいね」
端から見れば狂気に満ちたその笑顔は、始まり。
(これは独占欲じゃない。きっと、承認欲求)
抑えていた手首から手を離しリヴァイの頬を包み込む。
(私は、私をリヴァイ兵長に知ってもらうために、リヴァイ兵長を奪う)
身動ぎ1つせず、されるがままのリヴァイに顔を近づける。
「覚悟、してくださいね」
貴方の全てを奪う
それが背徳的行為を含んだとしても。
Fin...