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□渇いたはずの涙
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目が覚めたら、知らない部屋のベッドの上だった。
意識が戻ったところで身体を動かす余力もなく、ただただ天井を見つめながら全身の感覚だけで己の置かれた状況を鑑みる。
頭には、いや、頭と腹には包帯が巻かれ、頬には湿布。じんわりとその冷たさと、痛覚が戻ってくる。

(ああ、また、生き残った)

強打した後頭部が痛むと、全身に付いた細かな傷が共鳴するように痛み始める。その痛みが、まだ生きている事を証明していた。
死にたかったと、目を閉じれば思い出される記憶。
知性を持った巨人。巨人の身体を纏った人間。女型の巨人。あいつはたしかに、同期達を無残にも殺していったのに。

(どうして、私も殺してくれなかったの)

彼女はどんな最期だろうと構わなかった。ブレードで頸を削がれようが、上半身を食い千切られようが、踏み潰されようが蹴り殺されようが。
誰かの代わりになんてたいそうな事を言うつもりは無いが、それでもあの4人のうちの1人とでも立場が違えば、自分はここにいなかったのに、と。
己に課せられた任務すらも全うできずに、のうのうと脈打つ心臓が、うるさい。

「…………」

少し首を動かせば、そこには使い続けたきた立体起動装置が置かれていた。鞘ケースに、ブレードが2本残ったまま。
軋む身体を無理矢理起こし、ふらふらと立ち上がればおもむろにトリガーに手を伸ばしブレードを装着する。
それを首筋にぴたりと当てれば少しの痛みと滲み出る血の感覚。このまま一思いに刎ねれたら、どれだけ楽だろう。ここまで積み上げてきた実績も、結果的に踏み台にしてしまった仲間達の死も投げ出して、この生に終止符を打てれたら自由≠ノ、なれる気がして。
滲み出た血が鎖骨に伝う頃、彼女は小さく息をついた。

(馬鹿馬鹿しい……。殺される覚悟はあっても、自分で命を絶つ勇気はない癖に)

自虐的な笑みを浮かべる。ブレードは首筋に当てたまま。

「……オイ、何をしている」

ノックも無しに開けられたドアの敷居の向こうには多少なりとも驚いているらしい上官の姿があった。

「……別に。冗談ですので。お気になさらず」
「笑えねぇ冗談だな。そう言うのなら今すぐブレードを下ろせ。そして横になれ」

笑える冗談を言ったところで笑わない癖に何を言っているんだ、とまでは言う気になれず仕方なくブレードを下ろす。銀色を微かに汚した赤色が、静かにゆっくりと足元を目指し始めた。

「…………」

その姿にか、光景にかまでは分からないが見兼ねたリヴァイが彼女の手からトリガーごとブレードを取り上げ、音を立てて鞘ケースへと戻す。

「チッ、無駄に傷を増やしやがって……」

白い首筋を伝った血は彼女のシャツまでも汚し始めていた。リヴァイの舌打ちにふっ、と微笑んだ彼女はベッドの縁に腰をおろし、そのまま仰向けに倒れ込んだ。

「また死に損ないました」
「そんなに死にたいか」
「死にたいですね、今すぐにでも」

いつかは死ぬ生き物なのに、壁の外に出ればいつだって死と隣り合わせなのに、彼女に死は訪れない。終わりが、遠い。

「だったら自害でもするか」
「……そんな勇気が無いから、兵長が来る気配にも気付けないであんなことしてたんじゃないですか」

壁に背を預け腕を組むリヴァイの表情は見えないが声で呆れている事は分かる。何回目とも知れぬやり取りに飽きたならば放っておいてくれとほくそ笑む。

「……なぜ死を望む」
「全部に、嫌気がさしたから、ですかね。仲間を失うことも、弔うことも、それに涙を流す事もなく、自己嫌悪に溺れてのうのうと生きている自分にも。
本当に、みんな≠ニ一緒に死にたかった。どうせなら、私も無残に殺して欲しかった」

一瞬にして地獄と化したあの場所で、私だったということが分からないぐらいに。

彼女の言葉にリヴァイは目を細め、部下の最期の姿を思い返す。

「よくもまあ俺に対してそんなことが言えるな」
「性根がクズなんですよ。自分が死ぬことしか考えてないんだから、当たり前でしょう。実績だけで私をリヴァイ班に入れたのがそもそもの間違いなんですってば」

自嘲を重ねる彼女は胸の下で指を組む。まるで棺桶に眠る遺体の様に。

「……俺は、あそこにお前の死体が無く、女型の近くに転がっていたお前が生きていると分かった時、ひどく安心したんだがな」
「…………兵長こそ、笑えない冗談ですね」

声のトーンが1つ下がり、その顔から表情を消した彼女の隣で静かにベッドを沈ませたリヴァイは続ける。

「冗談なものか。俺にだって悲しみやらなんやらの感情は持ち合わせている。顔に出ないだけでな」
「そんなの……」

知ってますよ、と言いかけて口を噤む。あなたは誰よりも仲間想いじゃないかと組んだ指をきつく握る。

「お前はな、リオ、俺みたいな人間じゃない癖に、感情を殺しすぎだ」
「何を言ってるんですか。私はこんなにも感情豊かですよ」

そう言って口角を上げてみせれば額を指で弾かれる。

「そういうのじゃねぇよ。なら何故、仲間の死に悲しみも無ければ弔意も示めさず、巨人どもに憎しみすら抱かない。俺が知っているお前は少なからず、仲間の死を悼み、巨人どもに憎しみを抱き、それを糧にしていたはずだ」

新兵の頃、はじめての壁外調査から帰還した夜、生きて帰ってこれた安堵感と、たくさんの仲間が死んだという絶望感の間で打ち拉がれた。どんなに頑張ろうが、救える命と救えない命があると悟った数回目の壁外調査。自分が今まで歩んでいた道が結果的に踏み台にしてしまった仲間の死≠ナ出来ていて、その上に立っていると気付いてしまったあの日、恐怖で震えた身体が落ち着きを取り戻した頃、リオは生きる≠アとを辞めた。
それからは、誰が死のうとも関係無い。また自分は生き残ったと唾を吐くだけ。悲しみも憎しみも、それを糧にする労力すらも、尽きていた。
涙なんて、とっくに渇ききっていた。

「……昔の話でしょう」
「お前は変わってねぇよ。ただ、その感情を無理矢理閉じ込めて、他殺志願者のレッテルでガチガチに固めちまっただけでな」
「……じゃあどうしろって言うんですか」

声が、震える。
また彼女の歩いた道に新たな死が築かれたというのに。
彼女の足元には、同期で、ずっと仲良くしていた仲間4人の死体があるというのに。
死にたい以外の感情なんて。

「どうもこうも、泣きたきゃ泣け。お前が一番仲間を殺されて悔しい≠ニ声に出さずに誰が出す?エルドもグンタもオルオもペトラも、リオならばと託したんだろう」

ーリオ!お前は全力でエレンを守れ!俺たちに何があってもだ!

エルドの最後の指示が脳裏に響く。

「でも、私は、エレンを守れという兵長の命令も、エルドの指示も果たせずに、結果的に殺されなかったに過ぎない存在です」

組んでいた指を解き、顔を隠す様に目に腕をあてる。

「結果的≠ノは、エレンもお前も生きている。それが答えだろう。
仲間の死に涙を流さなくなるには、まだ早い。前を見ろ。歩き続け、戦い続けろ。俺たちは数百数千じゃきかない同士たちの死に生かされている」

力のこもったリヴァイの言葉に、リオはもうずっと忘れていた感覚が蘇ってくる。
目の奥が、熱い。

自分だけまた生き残った、死にたい。
じゃない。
自分だけまた生き残ってごめんなさい、みんなの分まで頑張るから。


「……兵長」
「なんだ」
「私は、全てが終わって、もし、本当の自由を、手に入れることが出来たとき、胸を張って、みんなのおかげだと、誇ってもいいのでしょうかっ……!」
「……それは、これからのリオ次第だと思うがな」

漏れる嗚咽が肩を揺らす。
もうこんな感情を抱くことも、この涙腺が働くことも無いと思っていたのに。
不器用で仏頂面で口の悪いよく喋る上官の分かりにくい優しさが、呼吸の仕方さえも忘れさせる。

「エルド、グンタ、オルオ、ペトラッ……!ごめんっ、ごめんね……!もうっ、絶対に、立ち止まらないから……!死にたいなんてっ、思わないから……!みんながっ、大好きだった……!!!!」

数年振りに流す大粒の雫が、ぼたぼたとベッドを濡らす。
不器用な優しさが、彼女の頭を軽く撫でれば、その温もりに、また一筋の涙がこぼれた。

渇いたはずの涙
今までを取り戻すかの様に、止めどなく溢れる。

Fin...

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