AoTNovels(S)

□その唇まで、あと少し
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「あれ、資料室の鍵……、なんでこんなところに」

廊下にキラリと光る鍵を見つけたハンジはそれを拾い上げた。普段鍵がかけられている資料室の鍵。もし鍵が掛かっていないのだとしたら大問題だとハンジは資料室へ向かった。

「やっぱり開いてる。もう、誰だよ」

ドアノブが軽く回るのを確認して錠に鍵を差し込む。私が代わりにやっておいたからね、誰かさん!と顔も知らぬ誰かに偉い態度を取っていると後ろから声がかかった。

「ハンジさん、今いいですか」
「はいはーい、ちょっと待ってねー」

先に鍵をエルヴィンの元に戻すべきがどうか考えた末に、胸のポケットへとしまい込む。

(まっ、どうせ後でエルヴィンの所行くし、その時でいっか)

***

そこが開いていると気付いたのは偶然だった。
片手にはティーカップ、片手には目を通すべき書類の束を持って、自室以外で静かに集中できる場所を探していたリヴァイは、いつもなら鍵の掛かっている資料室の扉が少し開いているのに気がついた。書類を脇に挟み、扉を開けるも人の気配は無し。これは好都合と言わんばかりにリヴァイは中へと入っていった。
ここは上層部や上層部が許可した者しか入ることが叶わない資料室でハンジさえ来なければ集中出来ると踏んで1つだけ置いてあるテーブルに向かえば、そこには本の山が出来ていた。
どうやら先客がいたようで、あちらはリヴァイに気付く様子もなく本に読み耽っていた。

「……」

何一つ音を立てる事なく手前の椅子に座りティーカップを置くとリヴァイはしばらくその本の山を……正確には本の山の向こう側の人物を……見た。
ページをめくる音、たまに何か走り書きしているような音を立てている。報告書や始末書の類ではないのは確かでリヴァイは少し気になっていた。しかしせっかく集中しているのに気を散らしては悪いと思い、リヴァイも手元の書類に目を通し始めた。

***

「いや〜お腹空いたね」
「特に何をやったわけでもないのにね」

壁外調査に比べれば日々の職務など動いてないにも等しいのだがそれでも空腹はやって来る。ナナバと共に食堂へと向かっていたハンジはそういえばと辺りを見渡す。

「エルヴィン見かけないね」
「どうかしたのかい?」
「ちょっと渡す物があってさ」
「どのみち、後で書類提出するだろう?その時でいいんじゃないか?」
「そうだね」

ナナバの言葉にハンジはまたもや鍵を後回しにしたのだった。

***

夕飯の鐘がなり、さらに数時間経った頃、リヴァイは手元の書類に全て目を通し終えて顔を上げた。本の山の向こうの人物は未だに立つ気配無くページをめくっていた。
完全に冷めきった紅茶で喉を潤し、暫く静寂を纏う。
パタン、と本を閉じる音が響いたと思えば素早く別の本と取り替えるが、リヴァイが立っている状態でようやく顔を確認できるほどの高さの山だ、向こう側の人物が彼に気付くはずもない。
が、また本を読み始めるのかと思えば山の上に両腕が突き出された。

「んっ、あ〜……ぁ、つかれた」

その声音は確かに疲れ切っていて、長時間それをやり続けていた事を容易に想像できる。

「はぁ……、お手洗い……」

ギシ、と音を立てて立ち上がる。

「しまったな……、集中しすぎたぁあああ!?え!?リヴァイ兵長!?」

ようやく顔を向けたその少女にリヴァイはまた紅茶を流す。
いた事に気付かなかった事を無礼と思い慌てふためいているのか、ただただそこに自分以外の存在がいる事に驚いているのかは不明だが彼女、リオは心臓に手を当てていた。

「びっ、びっくりした……!いつ、いつからそこに……」
「昼頃からだな。ところで、厠に行くんじゃないのか。まさか漏らしてねぇだろうな」
「そんなに前から!?てか漏らしませんよ!さすがに!失礼しちゃいますね!!お手洗い行ってきます!」

思っていたより長い間リヴァイに気付かなかった事に少々悔しさを覚えながら扉へと向かう。ドアノブを捻ってドアを開けようとするが。

「え?なんで?」

ガチャガチャと何度試してみてもドアが開く気配は無く、ガタガタとドアが遊びを行き来するだけだった。

「どうした」
「いや、あの、ドアが、開かないです」
「? 内側の鍵が無いんだから外側から掛けられない限りそんな事あるわけねぇだろ。リオが鍵を持ってるんじゃねぇのか」
「鍵なら私が持って……あれ?」

確かにズボンのポケットに入れていた資料室の鍵が、無い。慌てて逆側のポケットや兵服のポケットを確認するが、鍵は出てこなかった。

「嘘でしょ……午前中にお手洗い行った時に落とした……?」
「始末書もんだな……。蹴破るか」
「そんなことしたら兵長も始末書ですよ……、あとそんなに近い訳じゃないので大丈夫です……」

大きく溜息をついたリオはテーブルへと戻っていく。リヴァイも出れないことにはしょうがないので一緒に戻る。

「でも、私が鍵を落としたのに鍵が掛かってるってことは、誰かが律儀に鍵を掛けてくれたってことですよね」
「俺がここに入った後にな」
「うわぁああ……誰……、ありがたいけどありがたくない……」

自分が鍵を落としてしまっていた事にも、ここに閉じ込められてしまった事にも失望している感じのリオを横目にリヴァイは最後の一口を飲み込んだ。

「ドアは開かない、蹴破るのも駄目、となりゃあ、次にここが開くのを待つしかねぇだろうな」
「死んじゃいますよ」
「自業自得だろ」
「仰る通り……」

渋々高く積み上がってた本や資料を片付け始めるリオ。リヴァイは黙ってそれを見ていたが手持ち無沙汰すぎて致し方なくそれを手伝いはじめた。資料の束を抱きかかえ、元あった場所に戻していく。

(巨人の生態研究結果について……?ハンジが書いたやつか?)

戻すついでに何を読んでいたのか見出しを見てみれば、そのほとんどがハンジが書いた今まで生け捕りにした巨人の研究結果だった。こんなものを読んで一体何を書いていたのか気になるが、ただでは教えてくれないだろうなと察する。最後の1束を棚に戻し終えテーブルに戻れば、そこにはリヴァイのティーカップと書類、そしてリオが何かしらを書いていた紙の束しか残っていなかった。

「……」
「うわーーーー!!だめです!!!!」

紙を手に取ろうとした瞬間響き渡るリオの声にリヴァイの肩が跳ねる。リオは紙の束を自分の胸に押し当てて、まるで大事な物を必死に守る様にしていた。

「……びっくりするだろうが」
「す、すすすすすいません!でも、勝手に見ようとする兵長もいけないと思います!」
「それは……、見せろ、と言ってもお前は見せないだろうと判断した結果だ」
「子供ですか!とにかくダメですってば!」

しばし睨み合いが続いた後、リオはまた大きく息を吐いた。

「疲れるのでやめましょう……」
「そうだな……」

***

「さぁて、そろそろエルヴィンの所行くかぁ!」
「私も行くよ。提出しないといけない物があるからね」

食堂での長い長い談笑を終えてようやくエルヴィンの元へと向かったハンジは陽気に執務室のドアを叩く。

「これ、よろしくね〜」
「私のも頼むよ」
「ああ、2人とも、ご苦労」

どうやら執務室に籠りきりだったようで、その顔には疲労の色がうかがえた。

「エルヴィンもお疲れ様だね。あ、そういえば、廊下に資料室の鍵落ちてたし、開いてたから鍵かけておいたよ、はい」
「「え?」」

思い出したようにポケットから鍵を取り出してエルヴィンに渡そうとすればエルヴィンとナナバの2人から疑問の声が飛んできた。

「え?なに?」
「いや……、今日資料室にはリオが篭ってたはずだけど……」
「それも朝からだから、そろそろ出てくるはずだが……」
「うそぉ!?」

執務室にハンジの声が響き渡った。

***

「中身そのものはともかく、何を書いてたかぐらい喋ってもいいだろ」
「い、いやです」

紙の束を胸に抱えたまま机に突っ伏したリオに、どうしても何を書いていたか気になるリヴァイはあの手この手で聞き出そうとしていた。

「頑固なヤツだな」
「リヴァイ兵長には言われたくないです」
「命令でもか」
「私今日非番ですから」

その言葉にリヴァイは黙り込む。そうだ、非番でもなければリヴァイのように資料室に篭りきりなど無理な話だろう。それなのになぜリオは兵服まで着てここにいるのだろうか。

「非番なら私服でいればいいじゃねぇか」
「いや……、私服でここに立ち入るのは勇気いりますって」
「そこまでして書きたいもの、か」
「詮索しないでくださいよ」

諦めの悪いリヴァイに呆れながら、リオは空腹と尿意に耐えていた。尿意はともかく朝からほとんど何も食べていない彼女にとってこの空腹は余りにも酷だった。一応と持ってきていた飴も舐めきってしまい、どうすることもできない。

「…………、そんなに知りたいんですか」
「ああ、知りたいな」
「んぐぐぐ」

涼しい顔をして言うリヴァイに奥歯を噛み締めたリオは観念した様に突っ伏していた身体を起こした。

「物語、です」
「物語?」
「いわゆる、小説です。ここなら、表に出回っていない小説とか、ハンジさんの書いた巨人の研究結果とか、勉強になる物が全て揃っているので……、だからここで書いていたんです」

やはり中身を見せる気は無いのかそれは胸に抱えられたままたったが、あれだけの量を教科書¢繧りにするのならば、ここに篭ったほうが効率がいいのは確かだった。

「……そうか。俺はてっきり、部屋では書けない、俺には見せれないという点から、俺への恋文かと思ったがな」
「………………は」

少ししつこく聞きすぎたと反省の代わりに冗談を言ってみせたリヴァイにリオは思わぬ反応をみせた。

「ちょ、ちょっと、何言ってるか」

耳まで真っ赤にさせて言うリオにリヴァイは目を丸くする。まさかこんな反応されるとは思ってもなく、反射的にリヴァイの頬までほんのり赤く染まった。

「そ、そういう冗談は、本気にしちゃう子が出てくると思うので、やめた方がいいかと……!」
「……リオは」
「はい……?」
「本気にしねぇのか……?」

その言葉に顔を上げれば見たこともないリヴァイの表情にリオは最早卒倒寸前だ。先程までの見せる見せないのやり取りが嘘の様に不思議な空気が流れる。

「俺が、本気にしていいと言ったら、どうする」
「な、ななななななななに、を」

これはもう後には引けないと腹を決めたリヴァイは立ち上がり、動転するリオの頬に手を添える。
伝わる温度が、熱い。

「冗談でもなんでもない、俺は本気だ」
「ちょ、え……?」

有無を言わさず顔を近付ければ、リオはぎゅっと目を瞑った。その行為にすらも心拍があがってしまうリヴァイがその唇を奪うまであと少し。

「ごっめーんリオ!!いるなんて知らなくてぇ、ってリヴァイもいるじゃん。ていうかどうしたの2人とも」

ガチャガチャバッタン!という騒音と共に資料室に駆け込んできたハンジの前にはそっぽを向くリヴァイに紙で顔を隠しているリオ。

「な、なんでもないです……」
「クソメガネあとで覚えてろよ」
「ん〜、と。なにはともかく閉じ込めちゃってごめんね!リオの分の夕飯は確保しておいたから、ちゃんと食べるんだよ!」
「はい……」

椅子から崩れ落ちそうになっているリオを無理矢理立たせて資料室の外へ出るように促す。その後ろをティーカップと書類を持ったリヴァイが歩き、今度こそ無人の資料室に鍵を掛けた。
そこに、2人の胸の高鳴りを残して。

その唇まで、あと少し
(リヴァイ……、リオに変なことしてないだろうね……?)(してねぇよ。お前本当に後で覚えておけよ)
(明日からどんな顔して兵長に会えばいいのさ……!)

Fin...

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