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□FlowerShower
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そよぐ風に深緑のマントを靡かせてとある人影を探す。いくら周りに巨人の気配が無かったとはいえ、1人で出歩くのはあまりにも無謀な自殺行為。いや、彼女ほどの実力があれば巨人の1体や2体は軽々と討つのだろうが。
眉間にいつもより深い皺を寄せてリヴァイは背の高い雑草の中をゆっくりと歩き進める。拠点からしばらく歩いた所に彼の探していた人影はいた。
彼女はリヴァイよりも小柄で、フードを被ってしゃがんでいたため最初それが彼女だとは気付かなかった。
とりあえず立体機動装置はしっかりと装着していた事に感心して……当たり前は当たり前なのだが……彼女に声をかける。

「リオ」
「! リヴァイ兵長」

ぴくん、と肩を揺らしてから、しゃがんだまま顔だけ垂直に上げ、真上から見下ろしているリヴァイと視線を合わせる。どうやらリヴァイが来てもそこから動く気はないらしい。

「1人でうろちょろしやがって。せめて何か伝えてから行け」
「一応ハンジさんにはちょっとそこまでって伝えましたけど……」
「あのクソメガネが素直に報告すると思うか?そもそもお前の直属の上司は俺だろう。俺に言え。……で、何してやがった」
「ふふ、気付きませんか?」

一通り文句を言った所で目的を問えば笑顔を返される。リオの言葉に、ふとリヴァイは彼女の周りが、今まで歩いてきた場所と違うことに気がつく。

「花、か」
「すごいですよね。人の手が届かない壁の外で自生してるんですよ、これだけの花が、巨人に踏み潰される事もなく」

花畑、とまでは言えないが壁外でこれだけの数の花が咲き誇っているのを見るのはリヴァイも始めてだった。色とりどりの花を前に目を輝かせるリオはまるで子供の様で、リヴァイも思わず目を細める。

「……強いですね、この子たちは」
「……そうだな」

静かな時間が流れ、やがてリオは一輪の花に手を伸ばすと、茎の下の方、根元に近い部分に手を添えた。

「ごめんね、一輪だけ、お裾分けさせてもらうね」

そう言うと、ぽきっと音とともに茎を折り、ポケットからティッシュを取り出して、そのピンク色の花を包んだ。

「?」
「こうやってティッシュに包んで本とかに挟んでおくと出来るらしいですよ、押し花」

本当はもっとちゃんと新聞紙とか使わないといけないんですけど、と手帳を取り出してちょうど真ん中らへんのページに挟み込む。背が低い花だったため綺麗に収まった。

「押し花を作ってどうする」
「ふっふっふー、内緒です。さっ、戻りましょう」

リオが立ち上がる気配を察して一歩身を引きながら問いかければ、勢いよく立ち上がったリオは悪戯っ子の様な笑顔を見せた。

それからと言うもの、リオは壁外調査で花を見つけるたびに一輪、なるべく色が違う花を手帳に挟み持ち帰る様になっていた。その数は新たに手帳を貰えないかとエルヴィンに申請するほどだった。

***

「うわぁ、今日は風が強いですね。立体起動持っていかれそう……」
「吹っ飛ばされたら笑ってやるから安心しろ」
「そこは心配して迎えに来てほしいんですけど」

厩舎でまもなく時間を迎える壁外調査の準備をしながらリオはリヴァイの冗談に呆れた顔をした。冗談を言うならもっと何でもない日常の時に言ってほしいと思いながら愛馬を撫でる。

「まぁでも本当に風で飛ばされないように気を付けないといけませんね」
「リオは特に小柄だからね」
「エルヴィン団長」

2人の背後から会話に参加してきたエルヴィンを2人して見上げる。その揃った仕草にエルヴィンは肩を震わせながら言葉を続ける。

「巨人じゃなく風にやられました、じゃあどう言われるか分かったものじゃないからな」
「俺は飛ばされんがな」
「兵長、身長の割に重いですもんねー」

嫌味っぽくリヴァイに言えば睨み付けられるがそれにも慣れたもので、べーと舌を出せば今度は声を出してエルヴィンは笑った。

「その調子なら今回も大丈夫そうだな。頼むぞ、2人共」
「言われなくとも」
「了解です」

そうして此度の壁外調査は始まろうとしていた。

***

遮るものがない分、壁外の風の強さは予想を上回りマントが音を立てて何度も背中に叩きつけられる。立体起動に不安を抱く兵士達の前に、さらにその不安を煽るように巨人の群れが襲いかかる。それは無事に兵站拠点作りの作戦を成功させ、壁内へと至る道中の事だった。

「やはり風で持っていかれるか……。中央本隊はこのまま進行する!右翼担当班、左翼担当班は各々奇行種を殲滅せよ!通常種は無視していい!」

エルヴィンの指示に左右に隊列がバラける。巨大樹の森は無いものの、木々が点々とあるため風にさえ気を付ければ不利になること無かった。
幾度となく壁外調査から生きて帰った巨人殺しの達人たちは立体起動に移るとブレードを引き抜いた。奇行種相手に次々と頸を削いで近くの木へとアンカーを突き刺す。

「うわっ!?」

ワイヤーを巻き取り太い枝にリオが着地しようとした時、ただでさえ強風の中突風に煽られ体勢が崩れる。もちろん目をつけていた枝からは大きく外れ、生い茂る葉っぱの中へと突っ込んだ。

「いっ……たたたた……」

運良くその茂みに身体が引っかかり、ワイヤーも絡まることなく全て巻き取られていた。こんな姿、兵長に見られたら本当に笑われるなと思いながらどうにかして身体を起こそうとするとどこからともなくガスを噴射する音が聞こえてきた。

「……笑われる」

どうしたものかと苦戦していれば、近くに降り立つ気配に足掻くのをやめた。

「はっ、本当に吹っ飛ばされやがって」
「本当に笑う事ないじゃないですか〜、助けて下さいよ〜」

口角が上がっている訳ではないが、長年一緒にいるだけあって、リヴァイの醸し出す雰囲気にガッツリ馬鹿にされていることに口を尖らせる。無言で差し出された手を取れば軽々と引き寄せられてリヴァイの胸におさまる。

「うぅ〜、葉っぱがいっぱい……。ありがとうございます……」
「次はせいぜい気を付けるんだな」
「わわっ」

袖やマントに付いた葉っぱをはたき落としていると、リヴァイはリオの頭を徐にわしゃわしゃと撫で回した。

「髪の毛〜」
「汚ねぇんだよ」

葉っぱを全て落とすとその手でリヴァイはリオの髪の毛を梳きはじめた。大人しくされるがままのリオに思うところはあるが、とりあえずその黒髪を整えてやり額を小突いた。

「痛い」
「無防備だからだ。行くぞ。エルヴィンは無視していいと言ったが、この数は殺らねぇことには馬にも乗れん」
「ですよね」

再びブレードを構えて通常種へと飛び降りる。手こずることなくその場にいた巨人をほかの兵士達と片付けると指笛で愛馬を呼び寄せた。

「あれ……?一頭余ってる……?」
「食われたかもしれねぇな。……行くぞ」

兵士の数と馬の数が合わずリオは首を傾げたが、彼女たちが気付かなかっただけで犠牲が出ていたのかもしれない。その事実に胸を痛めながらリオは馬に跨った。

***

全速力で駆けること数分、リヴァイたちは見慣れた壁を視界に入れる。兵士たちがようやく地獄から帰れると安堵する中リオは先程通り過ぎた林に目を向けたと思えば、急に隊列を離れ来た道を戻っていく。

「!? おい、リオ!」
「すぐ戻ります!兵長たちは先に壁内に戻って下さい!」

壁内に戻るまで安心出来ない中、たった1人の兵士のために兵士長の立場にあるリヴァイが多数の兵士を置いてリオの元へ向かう事など叶うはずもなく、リヴァイは舌打ちをするとそのまま壁に向かって駆け抜けた。

林へと戻ったリオは注意深く馬を走らせていた。

「聞こえた……、声……、きっと風に煽られたんだ……。それで、こんな所に」

他の人間に比べて耳が良いリオはこの林から悲鳴が響いたのを聞き逃さずに引き返した。あの突風ならそこのそこの体格の男でも吹き飛ばされるはず、ましてやそれが経験の少ない兵士だとすればパニックに陥るのは必然。まだ巨人に食われてなければいいがと声の主を探す。

「いた……!」

腰を抜かし逃げ場を失っている兵士を見つけるとリオは立体起動に移りガスを蒸す。鮮血と共に肉片が舞えば、巨人はその場に崩れ落ちた。

「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます……!!おれ、死ぬかと……!」
「もうすぐ壁内だから、一緒に戻りましょ」

未だ立てない、といった様子の兵士に手を差し伸べる。その手を取ろうとした兵士の様子が変わった事にリオは気付かなかった。

「あっ……」
「どうしたの?」
「あぁ……!!」

瞬間、2人に影を落としたその存在にリオは振り返る。

「くっ……!!」

***

リヴァイが壁内に戻り数時間経った頃。扉は完全に閉ざされ今回の壁外調査は終わりを告げた。しかし、いつまで経ってもリオは姿を現さなかった。

「また何処でなにしてやがんだ……」

帰ってきてすぐに仕事に追われたリヴァイは彼女を探しに行くことすらできずに今に至っていたが、痺れを切らして負傷者で埋まる大広間へと足を向けた。リオに限って怪我なんぞ、と思いつつも焦りが滲み出る。
歩く速度が上がる中、向こう側から見慣れた茶髪が走ってくるのが見える。

「おいハンジ」
「リヴァイ……!その、すごく言い難いんだが、こっちに来てくれないか……?」

向こうにリオはいたかという問いは、ハンジの歯切れの悪い言葉に遮られる。そのハンジの言葉と表情に全身に悪寒が走る。早足でハンジについていけば、そこは負傷者が集まる大広間ではなく。

「………………」

遺体が回収できた者を一時的に保管する小部屋だった。

「一番奥、だよ」

バツが悪そうに俯きながら言うハンジを他所にリヴァイは一歩、また一歩と奥へと向かう。

(なぜハンジはこんなところへ俺を連れてきた……?あの1人足りなかった兵士か……?それとも、)

リオか、と思うと同時に視界に入った遺体にリヴァイは言葉を失った。したくなかった答え合わせをされ、ただ絶望が押し寄せる。
布が被されているためはっきりと分からないが、その膨らみ方で下半身が握りつぶされた事は明確で、おそらくそれは上半身へ致命傷となるダメージを与えたのだろう。

「戻ってくる途中、1人隊列を抜けたらしいね……。他の兵士を助けにいってたらしい。彼が、遺体を回収してくれたよ」

幸い綺麗なままの、まるでただ眠っているかの様な顔から視線をずらせば、反対側の部屋の隅で蹲っている兵士が1人、膝を抱えて震えていた。だが、その兵士に何をするわけでもなくリヴァイは再び視線を戻す。

「……あと、これ。ポケットに入ってた手帳。リオが、君に宛てて残したモノだよ、リヴァイ」

静かに差し出された2冊の手帳を、しばらくしてから受け取るとリヴァイは遺体の側を離れた。

「リヴァイ……」

ハンジはその後ろ姿を見送ることが出来ずに近くの椅子に腰を掛けた。

「そりゃまぁ……、私でも信じられないんだ……、リヴァイの気持ちなんて、計り知れないよね……。君もせめてさ、リヴァイに想いを伝えてからにしてよね……、リオ……」

***

どこに行くでも無く、喧騒の中を歩き回る。頭が考えることを拒否していた。気が付けば喧騒も遠い裏庭に辿り着いていた。風に吹かれて草木が掠れる音が鼓膜を揺らす。

「……手帳」

ゆっくりと、間に物が挟まり通常の手帳より膨らんでいる1ページ目を開く。そこには見慣れた綺麗な字でフラワーシャワー≠ニ書かれていた。その言葉の意味が分からず、そのまま2ページ目を開こうとした時、突風に吹かれる。

「っ、」

思わず手帳から手を離して目を瞑り腕で顔を覆う。妙に長い間吹いた突風がおさまる頃に目を開けるとそこにはリオが残した景色があった。

「これは……」

リオの手帳に挟まったいた色とりどりの押し花が風で舞い上がり、そしてリヴァイの元へと落ちていく。その景色に息を飲む。なんて綺麗な光景だろうかと。まだこの地獄にこんな綺麗な景色を作り出せるのかと。

「綺麗だ……、リオ……」

高く舞い上がった押し花たちは中々落ちて来ることを知らない。暫くその景色に見とれていたリヴァイは落としてしまった手帳を拾い上げて、パラパラともう間に何も残っていないかと確認した。

「!」

2冊目の最後のページ。ハンジが、リオがリヴァイに残したモノと言った意味をようやく理解する。

貴方が、いつまでも人類最強でいられますように

「……バカだな、お前は」

その文字を指でなぞる。
他人の無事を祈るより、己の無事を祈るのが普通だろうと、笑う。
そんなんだから、お前は俺の元へ帰ってこれなかったんだと、笑う。
俺があの時、他の兵士を置いてでも一緒に付いて行ってればと、悔やむ。

文字をなぞり終わる頃、その指先に一輪の押し花が辿り着く。ピンク色の、始まりの花が。

「人類最強なんてのは……、お前を守る過程でついただけなんだがな……」

その頬に誰も知らない一筋の涙が伝った。

FlowerShower
(ただ、貴方の無事を祈っていた)

Fin...

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