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□眼差し
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「はぁっ……、はぁっ……」

一体、この数分でどれだけの巨人を葬っただろうか。葬った巨人の数だけ、仲間を助けられなかった。倒れ込んだ巨人の頭に脚をかけて早急に息を整える。

(まだ、まだ誰か……!)

生きてるかもしれない。そう思った瞬間遠くで悲鳴が聞こえた。目標を視認しアンカーを射出する。ガスも残り少ない、ブレードもこれが最後。周りに見える巨人はこの一体。

「がっ、ああっ!!嫌だ……!!はっ……、リオ……!!!!」

彼女に気付いた兵士が拘束されていない方の手を伸ばす。だが。

(遠い…!間に合わない…!!)

「助けッ」

助けてくれと、縋ったのだろうか。また目の前で仲間が食われた光景に、舞い散る鮮血に、頭が真っ白になる。

「あっ……、ああぁあああぁああ!!!!」

最大級の怒りと憎しみを込めて、彼女はブレードをその頸へと叩き込んだ。

***

「おい聞いたか」
「あぁ、リオの奴、また仲間を囮にして討伐数稼いだらしいな。そんなに上層部に媚び売りたいんだろうか」
「卑しい奴だな。仲間を犠牲にしてまで昇進狙うなんて」

(何も知らない癖に)

壁外調査からの帰還後、彼女の周囲はどこを歩こうとどよめいていた。無気力感から仲間の血がこびり付いたマントを外す気にもならず、ただただその馬鹿みたいな噂を右から左へ聞き流す……なんて、ことは出来る訳も無かった。

(誰が……、仲間を犠牲にしてまで昇進したいと思うんだ)

トボトボと歩きながら噂話をする兵士を睨めばひぃっと小さな悲鳴をあげて視線を逸らされる。

「次はオレたちを囮にするつもりか…?」
「怖いよなぁ、まったく」

リオから逃げる様に立ち去って行ったのを確認して、思わず硬く握っていた拳を解くと、端がぐしゃぐしゃになってしまった報告書が足元に落ちた。それを一瞥して拾い上げると彼女は再びトボトボと歩き出した。

(仲間が食われる光景を間近で見た事あるのかよ……。逃げ回ってるだけの奴らに、何が、わかるの)

フラッシュバックするあの光景。自分の助けに縋り、微かに希望を見出したあの顔で、目の前で無残にも砕け散る。

「しかし今回は奇行種が多かったな……。生きて帰れたのは不幸中の幸いだな」
「右翼側は壊滅的で、生きて帰ってきたのはリオだけらしいぞ」
「そりゃお前、あの噂が本当だってことだろ」

そう、今回の壁外調査、いつもに増して奇行種の数が多すぎた。奇行種の群れがリオのいた右翼側を囲み、瞬時に壊滅状態に追いやられたのだ。そこでリオだけが生きて帰ってこれたのは、それに適応できるだけの戦闘力を持っていたのが彼女だけだという事を認めたくないのか、周りはない事ばかりを噂する。

(気持ち悪い……。お腹減った……。吐きそう……)

その瞬間、世界が暗転した。

***

『助けてリオ!!』

泣き叫ぶ。

『リオ!!リオ!!』

ただただ泣き叫ぶ人たち。

『お前のせいで、オレたちは死んだんだよ』

そしてリオは無数の死骸に囲まれる。

***

「ッッッ!……はっ……はっ」

悪夢に唸され覚醒すれば、驚くほど全身に汗をかいていた。息は浅いままで整う様子は無い。頭が働かない。先ほどの夢がチラつく。それを考えない様に部屋を見渡す。

「あれ……、ここ、どこ……?」

見た事のない部屋にゆっくりと上体を起こす。とても清楚な部屋だ。気付けばあれだけ血で汚れていた服も着替えさせられ、傍らには綺麗になった立体機動装置と鞘ケースが立てかけられていた。

「よお、目が覚めたか」
「……なっ、リヴァイ兵長!?」

と、なると。この部屋はリヴァイの部屋の可能性が十二分にあり、なおかつあの汚い格好のままここに立ち入ったということか……?というとこまで思考が働き別の意味で青ざめる。

「あ、あの!申し訳ありません!私、あんな汚い格好で……!」

リオの言葉を一切気に止める様子もなくリヴァイは手に持っていたおそらく水が入っているであろうジョッキをテーブルに置くとブーツの踵を鳴らしてまっすぐベッドまで近寄ってくる。

(や、ややややややばい!!これはグーパン覚悟……!!!!)

と歯を食いしばった後に来た衝撃は想像の遥か下、どころか、何か当たったな?と言うほど軽い物だった。おそるおそる目を開けば眼前にリヴァイ。

「あ、ああああの、リ、リヴァイ兵長……?」

なんだこの状況。とやはり思考が追いつかなくなる。額をくっつけて数十秒後、リヴァイはようやくリオを解放した。

「顔色はすこぶる悪いが、熱はねぇから風邪ではなさそうだな」
「風邪……?」
「あぁ。俺の部屋の前でぶっ倒れてたから仕方なくここに運んだ。お前帰ってきたらまずは着替えぐらい済ませて報告書持ってこい」

リヴァイの言葉に更に青ざめる。

(倒れた……?兵長のお部屋の前で……?あの格好のまま……?)

死しか待ち受けていない。

「あ、あのリヴァイ兵長っ、お手数お掛けして大変申し訳ありませんでしたっ。ですがもう大丈夫ですので私ここで、ッ!」
「何をそんなに焦ってやがる。報告書なら俺からエルヴィンに渡しておいた。まだ顔色が悪い。いいからそこで横になってろ」
「はぁ……はぁ……、すいません……」

言われるがままに枕に頭を落とす。クラクラする。視界が回るってこういう事なんだなと実感する。

「お前、名は」
「リオ……、です。リオ・クライシス……」

素直に答えるとリヴァイは近くにあった椅子を更にベッドに近付けて座った。聞くだけ聞いて沈黙か……。と息を整えながらリヴァイの言葉を待っていると、聞きたくない言葉が返ってきた。

「あぁ、あの仲間を犠牲にして討伐数稼いでるとかいう」
「なっ……」

言葉にならなかった。また意識が飛びそうになりながらもギリギリのところで意識を呼び戻す。

(兵長まで……、そんな噂信じてるんですか……)

ただ泣きそうだった。こんなに頑張ってきたのに。リヴァイ兵長に憧れてここまで強くなったのに。助けられなかった兵士たちの副産物でリオは立場を失っていく。こんなことになるのなら、助けにすら行かなければよかったと思うほど。

「お前……、そんな噂に踊らされてんのか?」
「……え?いや、あの、今兵長確実にその噂信じてます風に言いましたよね……?」
「あんな噂信じる方が馬鹿だろう」

遠回しに馬鹿と言われた気がするが、いや遠回しではなく確実に馬鹿と言われたが感情が怒りの方へと向きつつあるリオにとってそんなことはどうでもよかった。

「なんであの噂が嘘だって言えるんですか」
「そんな奴がここにいるとは思えないからだ」
「随分と名前も知らない一兵たちを信頼してるんですね。でも私は分かりませんよ」
「分かるさ。お前はそんなことしない」
「ッ!なにも見てない癖に、知った風な口きかないでくださいよ!!!!」

どれだけこの噂に振り回されたか。なにも見てない連中のせいで、どれだけのスピードで調査兵団内での居場所を失っていったか。なにも、知らない癖に。

「……俺は全部見てたし知ってるぞ。お前が誰より仲間思いで責任感が強いかを」
「!」

背けかけていたその顔を上げる。そこにはまっすぐとリオを見据えるリヴァイ。

「なにを……言って……」
「ああ、もちろん壁外調査時は場所が違うからそこまでは完全にフォローできないが、だがまあ、普段のお前を見ていたら十分分かる。お前には充分な素質がある」

「今度、俺の班が結成される。お前も入れ、リオ」

リヴァイのその言葉は事実上の昇進を意味していた。それこそ噂には聞いていた。リヴァイ兵長を筆頭に特別作戦班が作られるということは。だがその班は確かな実力がありリヴァイが信頼した者しか置かないということも。

「はぁ……、はぁ……。いいんですか……?私なんかを入れて、貴方まで踏み台にするかもしれませんよ」
「今の噂話が肥大するのが怖いか?安心しろ。お前が俺の班に入るというなら今後一切その噂が流れねぇようにしてやる」
「ッ……、いくら兵長といえども、そんなこと」
「お前……、そんなに俺が嫌いか?」
「そんなことないです好きですお慕いしてます!」

反射的にその胸中を叫んでしまったことに、数秒の後に気付いたリオは顔を真っ赤にしながら今度こそ殺されると腹を括った。

「……思いの外ど直球でくるじゃねえか」
「いやっ、あの、今のはですね!」

腹は括ったがやはり言い訳の一つでもしたくて理由を探すがテンパりすぎてなにも思い浮かばない。その間リヴァイは椅子に座ったまま天を仰いで大きく息を吐いた。

「俺もリオがほしい」
「ふぇ……、あの、どっちの意味で」
「……さぁな。返答期限は明朝までだ。あと、まだしばらくここで寝てろ。勝手に部屋から出たら削ぐからな」

それだけ言い残してリヴァイは自室を後にした。耳が真っ赤になっていたのをリオに見つけられなかったのが幸いだがリオもリオで全てがパンクしていた。

「えぇ……」

後日、調査兵団兵舎からあの噂がぱったりと消えたのは言うまでもない。
眼差し
(そういえばあの時誰が着替えさせてくれたんですか?まさか……兵長……)(それはさすがにハンジとナナバに任せた)

Fin...

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