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□自惚れてもいいですか
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「……以上が、エルヴィン団長からの伝言です」
「そうか」
「ありがとうリオ。しかし団長補佐も大変だねぇ」

優雅に紅茶を啜る上官二人を前に彼女は直属の上司、ひいてはここにいる3人をはじめ調査兵団をまとめ上げる団長の言葉を全て伝えた。

「ホントですよ……。新兵当初に団長補佐に抜擢された時は手放しで喜んじゃいましたけど、まさかこんなに雑務が多いだなんて……」

ハンジの言葉に、紙束を抱きかかえたままリオは肩を盛大に落とした。その紙束も団長執務室から上官用談話室へと向かう僅かな道のりで一兵たちに渡された報告書やら始末書やらだったり。本当に抜擢された当初は嬉しくてしょうがなかったのだが、いざ蓋を開けてみれば庶務雑務物資の受け入れ……。これではなんのために巨人殺しの技を磨いてきたのか分からないといった様子だったのだ。

「仕事が出来るってのも、考えものだね。まだ壁外調査に出てる時の方がリオも活き活きとしてるし」
「実際そうですしね……。次の壁外調査が待ち遠しいです」
「そういえば、エルヴィンはまた内地か?」

そこまで黙って二人の会話を聞いていたリヴァイが唐突に口を開く。その問いかけに大きな溜息をこぼしたリオは少し口を尖らせた。

「はい……。内地です……」
「えっ、リオまた同行させてもらえなかったの!?団長補佐なのに!?」
「う〜、そうなんですよハンジさん!今回はナナバさんとミケさんが同行してるんです!!」

地団駄を踏むとはおそらくこのことだろう。揃えられていた足が交互に床を叩いた。
と、いうのも今年に入ってから何度も内地同行を申し出ているが全てエルヴィンに却下されているからだ。団長補佐なのに。

「理由は聞いた?」
「一回だけ……。まぁ、誰かに怒られる〜みたいなことぼそっと呟いたあとに見事にはぐらかされましたけど。そういえばお二人とも最近同行されませんね?」
「あ〜、私はほら、話し出すと止まらないからね……。向こうから色々聞いてくる癖に、気付いたら周りに人がいなくなっちゃうんだよね。どうもそれがちょっと悪影響みたい。内地の人は臆病だね〜」
「反応に関して言えば内地の奴だろうが、そうじゃなかろうが一緒だと思うがな」

え〜、ひどいな〜とカップを煽るハンジ相手に話し出すと止まらない自覚はあったんですね……、とは言えずに上官の会話に苦笑いを浮かべるしかなかった。

「リヴァイ兵長はそこらへんどうなんですか?なんか貴族の御婦人方にモテモテっぽい印象なんですけど」
「リヴァイはひどいよ〜!御婦人方に周り囲まれても愛想の一つも振りまかなければ踊りの相手だってしないんだから!そりゃエルヴィンも同行から外すって〜!」
「テメェよりはマシだと思っているがな」
「モテモテの所は否定しないんですね……」
「?」

リオの声のトーンが一つ下がった気がしたリヴァイは正面に立つ彼女の様子を窺ったが長い前髪に邪魔され、それは叶わなかった。不思議に思ったがここでそれを追求したところで答を吐き出させるのは無理だろうと察し静かにカップを傾ける。

「まあ、御婦人方に囲まれるという点ではエルヴィンが凄まじいんだけどね。ていうかたぶん、リヴァイを同行させてた理由って自分の周りの御婦人方をリヴァイに向かわせたかったからだよ」
「俺にそういうのは向かねえと分かってて連れてくアイツが悪い」
「結論、お二人だと団長の交渉が上手くいかなくなる可能性あるって話でいいですか……。いや、同行すらさせてもらえない私がいうのもなんですが」

俺は違うといいたげに下から睨みつけてくる兵士長から視線を態とらしく避けてみる。

「お前、やけに内地に行きたがるが……。男でもいるのか?」
「はぁ?冗談よしてくださいよ……。内地に知り合い居たら休暇使って行ってますって……」

思わず大きい声を出してしまったが、男どころか知り合いもいないシガンシナで生まれ育ったリオにとっては本当に冗談にしか聞こえなかった。
じゃあ今度の非番で行けばいいのに、というハンジの言葉に一人はちょっと……、と髪の毛を揺らした。

「じゃあなんだ、貴族の男共に囲まれたいのか」
「今日はよく冗談をいいますね……。というか、私みたいなのが囲まれると思います?なんの魅力も取り柄もないのに」

その言葉にリヴァイはなにかを言いかけて口を閉じた。それを見逃さなかったハンジは面白いものを見つけたかの様に口角をあげた。

「へ〜、じゃあさっきリオの言ってたエルヴィンの誰かに怒られるって」
「クソメガネ黙ってろ」
「ちょっといきなり私の分からない話するのやめてください。ともかく私が内地に行きたいのはそんな異性関係じゃないですから。本当に、ただただ本当に内地のお店をちょっとでいいから見てみたいんです……。内地にしかない茶葉とかありそうだし」
「あるな」
「あるんですね!?」

リヴァイの即答に少々諦めかけていた内地同行にまた欲が出はじめる。いいな〜と天を仰ぐリオもリヴァイと同じく紅茶好きなのである。それゆえ、高級嗜好品ではあるが茶葉にお金は惜しまない。が、ウォール・マリア内で買える茶葉は全て試してしまった上、好んで飲みたい思える物は2種類ほどしかなかったため、内地で茶葉を買いたいのだが誰かがそれを許さない。調査兵団長が誰に怒られるってんだと、また口を尖らせかけた時、廊下からすごい勢いで足音が近づいてきて談話室前でぴたりと止まった。コンコンコンとノックの音が鳴り響き兵長の声を合図に扉が開かれた。

「失礼します」
「モブリットさん」
「リオ、お疲れ様。リヴァイ兵長もお疲れ様です」
「あぁ」
「あれぇ、モブリット、私には一言ないの?」

リオとリヴァイにかけられた声は至って優しく敬意のある声音だったが身体がハンジの方を向くとその声は焦り一色に変わった。

「一言ないのじゃなくてですね!あなた自分から言い出したこと覚えてないんですか!?」
「へっ…………、あっ、あぁあああああぁあああ!!!!会議!!!」
「もう30分はみんな待ちぼうけです!自分で言い出したことぐらいきちんと覚えていてください!行きますよ!」

ほぼ強制的にモブリットによって立たされたハンジはそのまま引き摺られるように談話室を後にした。まさに嵐。

「いや30分って……、私が来る前には始まる予定じゃないですか……」
「なんだったらオレの所に来た時ぐらいだな」

ハンジ班……、可哀想に。と内心合唱する。

「あ〜、ハンジさんのカップ、片付けておきますね」
「いやいい。リオも書類が溜まってるんだろう。やってこい。これは俺が片付ける」
「まぁ溜まってますけど……、よろしいんですか?あとでハンジさんにケチつけちゃダメですよ?」
「分かってる」

じゃあお言葉に甘えて、と扉の方に踵を返すその背中にリヴァイは少し考えてから声をかける。名前を呼ばれて振り返るリオに一つ間を置いて問いかける。

「お前、内地同行して本当に貴族の男共に囲まれないとでも思ってんのか?」
「へっ?どういう意味ですか?」
「……いや、忘れろ」

クエスチョンマークを頭に浮かべたまま、カップよろしくお願いしますねと一礼してリオは談話室を後にした。一人になって数秒後、リヴァイは先程のリオより盛大に天を仰ぎ重く深い息を吐いた。

「俺はなにを聞いてんだ……」

***

団長執務室に入るなりやる気が削がれる。書類関係のリオの仕事といえば、エルヴィンより先に中身を改めサイン、尚且つ優先順位が高いものか低いものかと振り分けて行くだけなのだが彼女が目を通してない書類が多いのももちろん、エルヴィンの机の上に溜まっていく書類の山にげんなりしていた。普段は書類の山なんてない綺麗な執務室だが、なんせ今月は内地に出かける回数が多い。これも仕事、調査兵団がより巨人に立ち向かえるようにするための交渉の場に出かけているとは分かっているが、分かっているがこの山があるだけで部屋が汚く見える。

「この量処理できるのかな……」

ボヤきながら来客用の長机に書類の束を置き、ふかふかのソファに腰を下ろす。リオ用に仕事机が置いてあるがそこにもあとはエルヴィンが目を通してサインするだけの書類が山を作っている。もう少し積めばいいのだろうがせっかく優先順位が高いものを上に持ってきているのに、これが崩れたらリオの努力が水の泡と消えるためこれ以上積めないでいた。

「は〜やりますか……。今日中に、絶対終わらせる……!」

やる気を入れてリオは書類へと取りかかった。

***

「おっ、わった〜」

午前中から始めた書類との戦いに決着がついたのは月が窓から顔を覗かせる頃だった。昼食も取らず、夕食の鐘も聴こえないほど集中していたリオはぐ〜っと両腕を突き上げて身体を伸ばすとそのまま机に突っ伏した。コンッ、と額と机が音を鳴らす。

「お腹空いた……。というか紅茶飲みたい……」

くるっと首の向きを変えて扉横の棚を見つめる。が、そこに茶葉は一つもなかった。

「そういえば切らしてたな……」

次第に微睡みに誘われ、重い目蓋には勝てずそのまま眠りに落ちた。

***

「リオ、食堂来なかったね」
「仕事、溜まってそうでしたし……」

いつも自然と同じ時間に同じテーブルに着いて夕飯を取ることが多いハンジ達だが、今日はハンジ、モブリット、リヴァイの3人でリオは姿を見せなかった。だが、仕事が溜まってると御飯時に姿を見せないのはいつもの事で全員あまり心配はしていなかった。

「あれ、リヴァイどこいくの?」
「自室に戻る」

短く答えてハンジとモブリットの元を足早に後にするリヴァイ。自室に戻るも休む事なくティーカップと茶葉を取り出した。もう一組カップを取り出そうとして手を引っ込めると、すぐに部屋を出て行った。そしてその足でそのまま向かったのは団長執務室。いつもなら無断で入るが、念のためノックする。

「いない……?」

と思い試しに扉を引いてみると容易く開いた。すっと中を覗けば顔をこちらに向けたまま健やかな寝息を立てる少女が一人。起こさないように静かに扉を閉めるとリヴァイはその横に備え付けられている棚からティーカップを取り出し、紅茶を淹れる準備をし始めた。

「……」

茶葉を蒸らしてる間にリオの顔を穴が空くほど見つめるリヴァイ。不自然にそこだけ長い前髪は鬱陶しくないのだろうかと思う。髪型自体はショートなのに前髪は下手したら後ろ髪より長い。普段顔が隠れてる訳ではないが、今日の様に顔を隠すために伸ばしてる感じが拭いきれない。
茶葉を蒸らし終えて2人分のカップに丁寧に注ぎ、机に突っ伏すリオの横に腰を掛けた。寝ぼけて倒す可能性を考慮して彼女の分は少し遠いところに置き食後のティータイムに入る。

『モテモテの所は否定しないんですね……』

『へっ?どういう意味ですか?』

午前中のリオの様子を思い返し、元々皺が刻まれている眉間に更に深く皺が刻まれる。己を過大評価するような人間はプライドがクソほど高いだけのダメ人間とは分かっているが、周りに己を過小評価する者がいるだけでイラついてしまう。理由がそれだけではないのは明確なのだが。
ゆっくりと飲んだつもりの紅茶はすでに無く手持ち無沙汰になる。ティーカップを置いてリヴァイは無意識に手を伸ばし、ふわっとリオの前髪を掻き上げる。整った顔立ちだと思う。これを囲わない男なんぞいるものかと思ってしまうほどに。
しばらく寝顔を見つめたリヴァイは腰を浮かせてリオに近づいた。

「お前はもう少し、自分の魅力に気付いた方がいいと思うぞ、リオ」

***

いい匂いがする。意識がその匂いにつられて覚醒へと近づく。微かに開いた目蓋の間からぼやけた視界を確認する。

(誰か……、いる……?)

エルヴィンは日付が変わる前頃には帰ってくると言っていたがそんなに時間が経っただろうか。ならば早く起きなくてはと身体を動かそうとした時。

「お前はもう少し、自分の魅力に気付いた方がいいと思うぞ、リオ」

聴き慣れた声の聞き慣れない言葉の直後、額に柔らかい感触。しばらくして顔に髪の毛がかかりむず痒い。

(は……?)

未だ覚醒しないリオの頭は完全にパニック状態。ブーツの踵を鳴らして執務室を後にしたのを確認して、パニックながらもゆっくりと覚醒する。

「…………………どういうこと!?」

ガバッと起きがった反動で近くに積んであった書類が散らばる。

「あぁっ、せっかく積んだ書類がっ」

慌てて机の下に散らばった書類をかき集めるが、額の感触が忘れられずに動きが止まり額に手を当てる。夢なのか、現実なのか。分からないまま止まっていると芳しい香りが鼻孔をくすぐる。

「あっ……、紅茶……?」

こんな風に紅茶を淹れられる人物なんて一人しか思い付かなくて。あの声は確かにあの人の声で。

リオが顔が赤くなるのを感じたのとエルヴィンが内地から帰ってきたのは同じタイミングだった。


自惚れてもいいですか
(おや、どうしたんだいリオ)(すいません!書類をばら撒いてしまって!)(いやそれもなんだが……、額を抑えてどうした?)(ひゃ)

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