神はじ(二郎)

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「…下界へ行くのか、冬香…」
低い声。何年も共に過ごし、その間ずっと、この声を聞いてきた。
……もう、この声を聞くこともないけれど。
『……正体を隠すのが難しくなってきたんだ。もうここには居られない。』
「……正体だと?」
ああ、今どんな顔をしているだろう…
…お前の顔が見たいなんて……今更言えないな……
『俺……いや、私は…』
その先の言葉を紡ごうとしたその時、背中へと殺気に似た何かが突き刺さってくるのを感じた。
「貴様……女人か……!!」
『……そう、だね…ついでに言えば…』
自分の羽を引きちぎる。
『天狗ですら、ない…』
ああ…終わった……
「………冬香……」
名前を呼ぶ声が遠く感じる。
「おい、こっちを向け…」
駄目だ…
「冬香…」
『じゃあな…もう二度と、会うことはないだろう…』
嫌だ。
離れたくない…。
ずっと傍にいたい…!
「おい……待て!」
振り向くな。
こんな顔、あいつには見せられない。
早く前へ。
あいつが止まっている今の内に。
涙が流れていない今の内に。
『…ッ……!』
まだ泣くな。
泣いちゃいけない。
何度も言い聞かせる。そうでもしなければ、とても前には進めないから。
『……万年桜……』
あいつと出会った場所。まさか離れる日が来るなんて、思ってもいなかった。
そっと幹を撫でる。
『私がいない間も…この山を…あいつを…守ってくれ…』
手を放し、雪を作り出す。
人が乗れる程の大きさに変えて、ゆっくりと左足を掛けた。
「冬香……ッ!!」
『っ!!』
もう来たのか…さすがだな……
お前がどんどん強くなっていくのを見るのが、たまらなく好きだった。
なのに…もうそれさえも叶わない。
『……っ…………』
顔を背ける。
この人の前で泣くわけにはいかない。
『じゃあな』
最後にお前の顔が見れた。それだけでいい。
今まで出したことがないくらいのスピードで、風を切って飛び出した_________
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