君に届け、音色〈Adagio〉

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ホスト部営業開始。

先日のピアノの受けがよほど良かったのか、詩音は初めてにして指名を貰う事が出来た。


『こんにちは、ご指名ありがとうございます』

「「「詩音くん!」」」

『お隣失礼します』

「詩音くん、先日のピアノ見事でしたわ」

「今日はお弾きになりませんの?」

『今日もこの後弾きますよ。…あ、良かったら好きな曲弾きますよ』

「え、私達が決めて良いんですの?」

『ええ、指名してくださったお礼です。…どうせ弾くなら皆様のために弾きたいので』

「「「(きゅん)」」」


詩音が自分達を想いながらピアノを弾いてくれる。そんなシチュエーションは乙女からすれば夢のようだろう。
普段は無口で無表情で何を考えているのか分からない詩音はピアノを弾き出すと、とても表情豊かに笑ったり哀しんだりする。
そんな彼女のギャップがミステリアスさを際立て、女生徒達を惹きつける魅力となっているのだろう。

今日も詩音の演奏は盛大な拍手と黄色い歓声に包まれて終わった。




『おかえり、ハルヒ』

「ただいま、詩音」

ホスト部の雑用となったハルヒが環に頼まれていた買い物から帰って来たのに気付き詩音は声をかける。


「子豚ちゃん、買出しご苦労。ちゃんと買えたかにゃ?」

そこへ環がやって来て、ハルヒの買い物袋の中身を確認する。


「おや…これは何かな?」

「見ての通りコーヒーですけど…」

「見たことのないメーカーだな。すでに挽いてあるやつか?」

「いえ、インスタントです」

「おお!あのお湯を注ぐだけで出来るという庶民コーヒーか!」


インスタントコーヒーに興味を持った女生徒達や部員達が詩音達の周りに集まってくる。


「庶民の知恵だな…」

「100gで300円だって!」

「凄まじい価格破壊だね」


感心しているのか貶しているのか分からないお金持ち達の発言にハルヒは痺れを切らした。


「もういいです、買い直してきます」

「いや、待て…俺が飲もう!ハルヒ、こっちに来て庶民コーヒーを入れてみろ」


決心したかのように立ち上がり歩き出す環に周りは拍手喝采で彼について行く。


「(くっそー…金持ちめ!)」

『…ハルヒ、何か手伝える事あったら言って』

「詩音!ありがとう。…じゃあお湯を注ぐのを手伝って貰ってもいい?」

『うん』


こうして自分達を呼んでいる環達のもとへと歩き出そうとする二人。
だが、ふと環の常連の一人である綾小路姫の声に詩音は振り返った。


「ふふっ…環様ったらお戯れが過ぎますわね。下賤な者が買う嗜好品がお口に合うはずありませんのに…」

『…今何か仰言られましたか?』

「あら、ごめんなさいね。ただの独り言よ」

『…そうですか』

「どうしたの詩音?来ないの?」

『ごめん、今行く』


女生徒達がひとつのテーブルを囲んで見学している中、ハルヒと詩音によるインスタントコーヒーショーが始まる。


『ハルヒ、粉末はこれぐらいでいいの?』

「うん、大丈夫だよ」


二人は粉末をコップに入れ、お湯を注いで行く。
金持ちにはもの珍しい遊戯なのだろう、皆興味深そうにその様子を見ていた。
そんな中、自分と同じ庶民のはずの詩音も興味津々といった感じでお湯を注いでいる様子をハルヒは不思議に思った。

そして庶民コーヒーはあまりの風味とコクの無さが逆にクセになるのか、
お金持ち達の間でも評判は悪くなく、これからもホスト部のメニューのひとつとして置く事となった。


「手伝ってくれてありがとう、詩音。ひとつ余ってるみたいだから、詩音飲みなよ」

『あ、ありがと…』

コーヒーを受け取った詩音はやはりまるで初めての事のようにぎこちない感じでそれを飲む。


「もしかして詩音はあんまりインスタントコーヒー飲まない?」

『あー…うん。実は初めてで』

「へー!そうなんだ」


同じ庶民といっても皆が皆インスタントコーヒーを飲むわけじゃないか、とハルヒは自分の心の中で納得していた。

そんなハルヒに環が背後から忍び寄り、フッと耳元に息を吹きかけた。


「これからもしっかり働いてね、ダサ岡くん」

「わっ!いきなり何ですか!?」

「まったく…そんなダサダサじゃモテないぞ」


そこから環はハルヒの容姿を批判し、己の美について、そしてホストとしてのテクニックについてうんちくを垂れまくる。
そんな彼を当てはめる最適な言葉をハルヒは探していた。


「(なんて言うんだっけ、こういうの)あ、分かった…”ウザい”」

言い放った言葉が環の繊細なハートを抉る。ショックを受けた環は部屋の片隅で体育座りをする。
その様子を見ていた双子は大爆笑。詩音も堪え切れずクスクスと笑っている。


「大体殿がいくら手解きしたって、まずビジュアル面がねェ…」

「この手の顔は例えメガネを外したって、目が小さくなるだけで…」


ハルヒのメガネを外す光。
環はハルヒの顔を見るとすぐさま指を鳴らし、ホスト部員達に指示を下す。


「光と馨は制服の手配!鏡夜はヘアデザイナーを!モリ先輩は保健室にコンタクトレンズをお願いします!
詩音は俺と皆が戻るまでお客様達を盛り上げるぞ!」


各自環に言われた事を行動に移す。

そんななかハニーはキラキラと期待した瞳で環を見つめ、自分への指示を待つ。


「ハニー先輩は…ケーキでも食べててください」

「…」





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