小説

□恋人
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朝から自分がイライラしているのは感じていた。

特に大きな何かがあった訳じゃない。きっといろいろな小さなことが積み重なった結果なのだと思う。

とにかくその日メンバーが気を使って話しかけてこないほど私はイライラしていた。

それでもプロである以上仕事は完ぺきにこなさなければならない。

笑顔でステージに立ち、先輩方にはしっかりと挨拶。一日のスケジュールを終え、楽屋に戻る。

いつもの何倍も疲れた。

重い体を引きずるように廊下を歩いていると既にメンバーは楽屋に到着していたようで、出入り口でふざけ合っているのが見えた。

その時だった。

「あの子すげぇ身体」

「胸やばいよな」

下品な笑い声が聞こえた。
顔を上げて見ると男性アイドルグループの二人。あの顔には見覚えがある。人気は高いものの素行がでビュー当初から悪く問題を起こしてばかりだと有名だ。事務所からあまり近づくなと教えられている人の一人だ。

ちょうど廊下の突き当りで話していて、その前の角に立っている私には気づいていないようだ。

「ヤバ、マジ好み。抱きて〜」

「ジヒョっていうんだろ?お前声かけて来いよ」

「ジヒョちゃん抱かせてください〜ってか?」

吐き気がする。私に聞かれてるとはつゆ知らず会話を続ける二人。

調子にのってんじゃないわよ。

自分がそんな話の対象になっているなんて思いもしないで能天気に遊んでいるジヒョにもムカついてくる。

ようやく見られていることに気づいたメンバー。ジヒョが挨拶をしようとあろうことかその二人に近づいた。

さっきまであんな最低な会話をしていたのにも関わらず、誠実そうな顔をしてジヒョの挨拶に答える二人。

ジヒョはもちろん二人の評判は知っている。大方リーダーとしてやるべきことはやらなければ、と思ったのだろう。メンバーは心配そうに一人で挨拶に向かったジヒョを見ている。

男のうちの一人がごく自然な流れで握手の手を差し出した。

ジヒョは困惑していた。極力他の男性アイドルとは接触しないようにと私たちは言われているのだ。

しかしその男は上手過ぎた。今ここで握手を拒否すればこちらの立場が悪くなる。後で嫌がらせを受けたと責められる可能性があるのだ。

どうしようもできなくて、戸惑いがちにジヒョが手を出そうとしているのが見えた。

頭の中で何かがぷつんと切れた。





気持ち悪い男たちにイライラする。
ジヒョを侮辱する言葉にイライラする。
何も知らないジヒョにイライラする。
そんな奴らに社交辞令でも笑顔を向けたジヒョにイライラする。
汚い手で握手を求める男にイライラする。
リーダーとして、リーダーとして、ばっかりで恋人の私の気持ちを考えられない馬鹿なジヒョにイライラする。





手と手が触れそうになる瞬間私はジヒョと男の間に割り込んだ。

突然のことに咄嗟に離れる手。

「ナヨンオンニ!?」

ジヒョが驚いて声を上げた。

「気づいてなかったと思うけど、あんたたちが話してるの全部聞こえた。これ以上私たちに近づいたら私がどうするかぐらい分かるでしょ?」

目の前の男に言い放つ。

「何のことですか?」

しらを切る二人。距離を詰めてジヒョに聞こえないようにする。

「ジヒョのこと。セクハラで訴えるわよ?あんたたちはそんなことしないとか思ってるだろうけど、あの子私の恋人なの、侮辱したあんたたちのこと私は許さない。まだこの世界にいたかったら今すぐ消えて」

少し脅してやると二人はすぐに逃げ出した。

ジヒョはきっと大事になるのを望まないことは分かっていたから、脅すだけに留めた。

そう冷静考えての行動だったが、行き場のない怒りはどうしようもない。

男たちが去っていくのを見て助けてくれたのだと気づいたジヒョ。

ありがとうという言葉を遮って私はその場を離れた。

止める声も聞かず歩く。一度だけ振り向いたとき、ジヒョはサナに手を握られていた。

優しいサナは私に冷たくされたジヒョを励ましているだけなのだろうけど、私は何故か裏切られたような気持ちになった。
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