小説

□片思いに片思い
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「ありがとうございました!」

レッスンをしてくれた先生に挨拶をしてみんなそれぞれに宿舎に戻る。
ほとんどのメンバーが雑談をしながらゆっくり着替える中、私は素早く身支度を整えてすぐに帰った。

体調が悪く今日のレッスンを休んだジヒョが心配だったのだ。

「ただいま」

ドアを開けて中に入る。

部屋はシンとしていた。
ジヒョの部屋に急いで行く。

「ただいま」

もう一度そう言いながら部屋に入る。

返事がない。見回してもそこにジヒョはいなかった。

体調が悪いなら外には出ていないはず、行けたとしてもメンバーの部屋くらい、、そう考えているとふと分かってしまった気がした。

分かってしまう自分が恨めしい。そんなとこいなければいいのに、そう願いながら目的の部屋に向かう。

次はそっとドアを開けた。

やっぱり、いた。

無事でいたことに安心する気持ちよりドロドロした感情が自分を支配してくのを感じる。

ジヒョはナヨンオンニのベットの横で小さく丸まって寝ていた。
被っているシーツの隙間から見える顔は朝よりは少し赤みがひいた気がする。




体調が悪いときというのはいつもより気弱になるし、判断力も鈍くなる。

だからジヒョはこんな大胆な行動に出たのだろう。

こんなの気持ちがばれてもしかたがない。見つけたのが私じゃなかったらどうするつもりだったのか。せっかくあんなに苦しんで隠しているのに。


ジヒョはナヨンオンニのことが好き。

気づいているのは多分私だけ。

目を見てれば分かる。
あの大きな瞳がナヨンオンニの仕草ひとつで不安にも喜びにもゆれる、ゆれる。
きっと誰よりも多くの表情を持つその瞳は私に恋に苦しむジヒョの姿をありありと見せた。


私はジヒョが好き。だから、気づいた。

最初はそうやって不安定にゆれるジヒョの心を覗くたび、なぜか苛立つ自分が不思議でならなかった。

でも、あるとき知った。
ああ、これは恋なのだと。

自分のこれまでの気持ちの訳が分かった。「恋」という言葉がすとんと心に落ちてきた。気持ちに鈍感すぎた過去の自分に苦笑した。






深く息を吐くと、私はジヒョに近づいた。揺すって起こす。

「ジヒョ、起きて」

「ん…ナヨン?」

薄く開いた目がぼんやりと私を見た。

最悪。胸がズキズキと痛い。こんなのが恋?私もジヒョも苦しんでばっかりだ。

「違うよ、サナ、サナだよ」

「……サナ」

私の名前を呼ぶジヒョの声。
そう、目の前にいるのは私なの。

「ジヒョ、部屋移動しよ?みんな帰ってきちゃう」

「?…なんで?ここ、私の部屋…」


本当に最悪。熱に浮かされた状態でも無意識にナヨンオンニを求めていたのか。知らないうちにオンニの部屋に来てしまうほど。

そんな好きなら言えばいいのに。

そう思ってしまうけど、私だって言えていないのは同じだ。

「ううん、やっぱりなんでもない。ちょっと水飲んだ方が良いと思うから台所行こう?立てる?」

部屋のことには触れないでとりあえず部屋から離れることを優先する。

まだ寝ぼけているであろうジヒョに肩を貸す。そのままリビングのソファまで連れて行った。

コップに水を入れてジヒョに渡す。汗を相当かいたのかゴクゴクと飲み干した。

ジヒョから空のコップを取って、冷えたそれを赤い頬にあててあげる。気持ち良さそうにジヒョは目を閉じた。

私の膝の上で身体を小さくして寝るジヒョ。

「サナ、ありがと」

微かに目を開いてこっちを見てジヒョがふわっと笑った。

ずるいよ。嬉しいのに苦しい。

「どういたしまして、ジヒョちゃん」

いつもみたいに明るく笑えてるかな。

あっという間に再び眠りに落ちたジヒョの頭を撫でる。

二人だけの静かな時間。


きっともうが暫くしたらメンバーが帰ってくるだろう。

それまでこの幸せな時間を噛み締めていたい。


部屋を出てからもずっとジヒョが離さないシーツには目を逸らす。

考えないようにしていたのに、ジヒョが寝返りをうったとき、シーツから香る香水。嗅覚までは自分でコントロールは出来ない。

ナヨンオンニの香水だった。




敵わないことぐらいは分かってる。

だけど、諦めたくはない。

ジヒョが私に笑顔を向ける度に溢れ出すこの気持ちを私は諦めたくない。


目を逸らしちゃしいけないんだ。
シーツを抱くジヒョを見る。

香りだって塗り替えられる。
絶対振り向かせてみせる。

そう決心して眠るジヒョにキスをした。

これは私の誓いのキス。
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