小説

□不器用
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「サナ、今日も帰り遅いの?」

「うん。後輩の子と飲みに行く約束してるの。」

「…そっか。いってらっしゃい。」

「いってきます!!ジヒョちゃん。」

同棲中の年下の恋人に出勤前のハグをして、元気に玄関を出て行く。
階段を降りるヒールの音が明るい。

もう、ジヒョちゃん可愛いなぁ。
遅くなるって言った途端あんな悲しそうな顔して。

私が帰りが遅くなるときにいつもの話に出てくる後輩の子と私の関係を疑っているのだ。
疑っているけど、言い出せなくて不安そうに私を見る。
その臆病な瞳が、気づかないふりをして無理に元気に振る舞う姿が、可愛いくてたまらない。
気づかないふりをしてまでも一緒にいたいと思ってくれている、私のことをそんなに好きなんだ、って嬉しくなる。
大好きなジヒョちゃんを苦しめるようなことはしちゃいけないと分かっているはずなのに、私が家に帰ってきたときほっとした表情をするジヒョちゃんが愛しくて愛しくてこの悪い癖をやめられない。
用事がないときもわざと帰り道で時間を潰していくこともある。
どんなに遅い時間でも私の帰りを待って、眠そうな顔で「おかえり、サナ。」って笑顔を向けてくれるジヒョちゃんが好き。

ジヒョちゃんとの出会いは大学生のころ。
教育実習先がジヒョちゃんのいる高校だった。もともと先生になるつもりなんてなかったから、実習も行く予定ではなかったんだけど、何となく流されるように向かったのを覚えている。
今思うとそこで止めていたらジヒョちゃんと一生会えなかったのだからぞっとする。それほどまでにジヒョちゃんは私の心を満たしてくれるかけがえの無い存在になっている。
そのころはまだ新入生だったジヒョちゃんは相変わらず、お人好し過ぎる性格で毎日忙しそうにしていた。
生徒会に学級委員長に。誰かのために自分ができることはできる限りしてあげたいんです、そう言って笑うジヒョちゃんに恋をした。

私は昔から人に甘えるのが上手かった。そのおかげで何度も得をした。
生まれつきの才能だったのだろう。
同性でも異性でも相手が何を望んでいるかが何となく分かるから、望む反応をしてあげれば簡単に心は落ちた。
実習先でもそれは変わらず、二週間という短い期間に何度告白されたことか。
私がそうやって生きてきたから余りにも不器用に生きるジヒョちゃんが気になった。

自分の気持ちに気づいてからの私の行動力はすざまじいものだった。

手伝いを口実に距離を詰め、質問聞くためと連絡先を手に入れ、相談にのるよと言って押し倒す。

いくらジヒョちゃんが恋愛事に慣れてないとはいえ、私の気持ちが嘘だったならすぐに拒否されていただろう。
私が本気だったから上手く断れなかった。他の人に取られる前で良かった、自分の無駄に磨きあげられた恋愛スキルがものをいった。
真っ赤な顔で私も好き、って言われたときは天にも昇る気持ちだった。
嬉しすぎて飛び跳ねる私に呆れ笑いのジヒョちゃん。これじゃどっちが不器用なんだか分からない。

ここから様々な困難を経て今の同居に至る。

何かと面倒をみたくなるらしいツウィという後輩も。よく話に出てくる腐れ縁だというジョンヨン、ナヨンという先輩も。普段の生活と踊ってるときのギャップがかっこいい、大和撫子で優しい、とベタ褒めのモモ、ミナという同級生も。ませたところがかわいいというチェヨンと、いつもジヒョオンニ!!って元気に声をかけてきて慕ってくれるというダヒョンの中学生トゥブチェンコンビも。
同居を始めた今も無自覚なジヒョちゃんには心配ごとは尽きない。
でもジヒョちゃんを信じてる。
私はジヒョちゃんの恋人だもん。


今日は何時に帰ろう。
いじわるしすぎてごめんね。

帰りが遅くてむくれてるジヒョちゃんをいっぱいいっぱい抱きしめよう。
今日でいじわるはお終い。

次はジヒョちゃんが困るくらい愛してみよう。ところ構わず愛を伝えて真っ赤な顔を、緩む口元を。

寂しそうな顔もいいけどやっぱりジヒョちゃんは笑顔が一番似合う。

ジヒョちゃんの好きな芋けんぴでも買って急いで帰ることにする。ジヒョちゃんの好きな歌手のCDも奮発して買っちゃおう。

そしたら、一緒に歌おう。
大きな音で音楽をかけて。緑のジャージで変な踊りを踊って貰って。声が大きいって大家さんにまた怒られて。新しい服を買ったときはファッションショーを見せられて。ふにふにのほっぺを触ったらお返しにつねられて。テレビを見てたら肩を甘噛みされて、誘われたり。時間をかけて狙いを定めた割に下手くそなキスに笑ってしまって叩かれたり。

不安がってくれるのは嬉しい。だけど何があっても私の心だけは疑ってほしくないなんてわがままかな。

不器用なあなたと器用なつもりの不器用な私。

これからもこんな私をよろしくね。

ジヒョちゃん、愛してる。





( 私も。)


おしまい。
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