続編

□デンタク
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正直言って、彼の言うとおりだった。


『俺の事友達と思ってくれる?好き?嫌い?』


そんな事考えたこともなかった。誰かを好きとか嫌いとか考えても意味がないと思っていたから。


『やーいメガネザル!』


『お前気持ち悪い!』


『いつも電卓しか見てない変な奴!』


別に何と言われてもどうでも良かった。自暴自棄になっているのではない。本当にどうでも良かった。


夏休み明け、ゼラが持ってきたロボットを見た時今まで味わった事のないなんとも言えない感情が生まれた。

その時今まで自分の中で押さえ込んでいて行き場のなくした本当の気持ちが出てきたんだ。

だから他の事はどうでもいい。嫌、どうでもいいとさえ考えていなかった。









『私の名前はライチ』


目の前のライチが話している。感激した興奮した長い間設計を立て組み立てプログラミングを繰り返してやっと出来た僕らのライチ。


『デンタク…』


『僕、忘れてたら泣くよ〜』


ライチに名前を呼ばれてホッとする。後は他の皆のことも呼べるだろう。だってそうやってプログラムして置いたから。
でも…


『違う』


『この子はスミレという男ではない』


『この子は女の子…少女だ』


〈え…?〉


早速操作ミスが合ったんだと思った。ちゃんとスミレのデータも入れていた筈。それなのにスミレを少女として認識してしまったのだから。
ゼラに言われて何度も再設定しようとした。けどライチを触っても何処もおかしくない。ちゃんとスミレのデータだって入れ直した。
でもライチはスミレを少女としてしか見てくれなかった。

その時は流石に少しショックを受けた。


しかし…考えてみればあの時からスミレ自身も変化を受けていたんだと思う。









「ねぇ、デンタク」


「なんですか?」


「ライチの事どう思う?」


「え?」


「ライチの事、好き?」


「どうしたんですか?いきなり...」


「教えてよ」


「...好きもなにも、ライチはマシンですから」


「嫌いなのか?」


「好きとか嫌いとかそういった思いは人間に対する感情ですし、数値化できないものは苦手です」


「ふーん」


「ライチを作るのには一年半もかかったんです。とても一言では言い切れません」


「じゃあ、もしゼラがライチを壊せって言ったらどうするの?」


「!?」


驚いた。ライチの点検に行こうとしていたらスミレに会ったんだ。
しかもスミレにそんな事を言われた。


もし、ゼラにライチを壊せと言われたら?
ゼラの命令は絶対。ゼラの命令を背くなんてことありえない。 

でも…ライチは、ライチだけは…。


「ぼくは…」


僕は何も言えなくなってうつむいた。


「ねぇ、デンタク」


「...」


「学校で、クラスの皆と一緒にいるのって楽しい?」


答えられずにいると急にまったく違う話題を出されて変な声が出た。


「へっ?」


「親友とか...いる?」


「...だから、数値化できないものはわかりません」


「数値化できるライチの事はわかるの?」


「ライチの行動はすべて数値化できますから」


「俺は?」


「え?」


「俺は?俺の事はどう思ってる?」


「どうって言われても...」


「友達って思ってくれる?好き?嫌い?」


「友情という言葉はルール違反です」


「いいじゃん。教えてよ」


「そういう、スミレはどうなんですか?」


「俺?俺は…」


スミレは何だかおかしかった。普段はそんな事言うような人ではないから。でも言われてみればスミレはライチが完成してから少し変わったように感じる。
僕は空を見上げるスミレを見つめた。


「私は、好きだよ」


「...スミレ?」


〈私?〉


「俺はデンタクの事好きだし、友達だと思ってるよ」


一瞬私といった彼はにこやかに僕に返した。









それから少ししてライチ畑が燃焼した時、スミレがニコを殴った。
スミレはどちらかというと大人しげで僕達といるとき以外は学校でも目立たないような人だ。そんな大人しいような彼が人をあろう事かニコを殴り飛ばしたんだ。僕も皆も驚いていた。

でも、僕は前にスミレと話していた事が頭から離れなかった。

好き、嫌い。

言葉は簡単だけど意外と難しい話なのかもしれない。
だから僕はその時初めてのスミレの気持ちに気づいた。

スミレはニコやタミヤ君が好きだから、あんな事をしたんだと。









次の日の学校は緊張した。あんな事があってからスミレと普通に話せるだろうか。
でもスミレならきっといつもの笑顔で話してくれるだろう。


僕はそう思っていた。しかしその考えは打ち砕かれたんだ。自分の家のポストを開けたときに。


「手紙…?」


朝、いつものように新聞を取ろうとすると一通の手紙が入っていた。
取り出すとシンプルな封筒に「須田卓三様」と書かれている。自分宛てに手紙が来たのなんて初めてで、ドキドキしながら中身を開けた。

そこには鉛筆で書いたキレイな字が並べられていた。



デンタクへ

こんな事を手紙なんかで頼んでごめん。
実は俺とゼラは少しの間この蛍光町を離れることにしたんだ。

その間にデンタクにはお願いしたい事がある。
ライチの事だ。ライチは今、一号と一緒にライチ畑にいる。だから俺達がいない間ライチの事を守っていてあげてほしい。外部からも内部の異変からも。

こんな事はデンタクにしか頼めない。昨日あんな事があって急に姿を消すなんて勝手だし怒られても当然だと思う。でも、ライチの事を任せられるのはデンタクしかいないんだ。

だからお願い。ライチをまもってあげて。必ず俺達は帰ってくる。それまでライチの事をどうかよろしく。
俺達の友情の証であるライチの事はデンタクも大切に思ってくれるって信じてるから。
だからお願いします。

スミレより



それを読んだ時、最初は信じられなかった。そう思って何度も読み返した。でも事実は変わらない。

スミレとゼラがいなくなった。一体あの後何が起こったんだ。

でもなんと言おうが事実は変わらないんだ。目の前の手紙がそれを語っているから。

末峰玲と裏に書かれた手紙を握りしめる。クシャリと崩れる音がしたが気にしてはいられなかった。


「スミレっ…」









それから一年、僕は手紙の通りライチ畑に行ってライチの点検を毎日していた。ライチは防水だから雨にぬれても大丈夫だし、人の寄り付かない場所だから見られることもない。
一号、つまりはカノンと初めて話したときは緊張したけど慣れるとなんともない。

それよりもライチに人間の心が生まれたときは本当に嬉しかった。いや、嬉しいなんて言葉では語りきれない。もう僕は死んでもいいとさえ思った。


僕は成功したんだ。まだ誰もやっていないプログラムを僕は作ったんだ。人間の心を持つロボットを作ったんだ。


心の中でそう叫んだ。やっと長年の夢が報われたと思った。
僕の、僕の作ったロボットが。

そこまで考えてふと思った。確かに僕はライチを作ったでも僕が担当したのはコンピューターだ。ライチを燃料とする設計を作ったのはゼラだ。それにカノンいわくライチはスミレと心を通わせるような事をしていたらしい。現にライチはスミレを友達と言っていた。

もしかして…あれは僕一人の力では出来なかったのだろうか。









「またね、二人とも」


いつものように点検を終えた。僕は二人に手を振ってライチ畑を去る。

そのままクラブへと向かった。


ゴゴン…


「グーテンモルゲン!」


「グーテンモルゲン!」


挨拶をしてクラブへ足を踏み入れる。
皆はいつも通りだ。談笑していたり、トランプやチェスをしていたり。
ここはあれ以来ただ集まるだけのクラブになった。ゼラがいないというのにジャイボも来ているが、タミヤ君は王座には座らない。

心なしかみんな少しつまらなそうだ。

僕は近くの椅子に座って電卓を見つめる。


僕は彼の言うとおり、何も考えていなかった。マシンの事だけを考えて人の事を考えていなかった。
でも、まだ間に合うかな。

スミレ、まだ僕を友達と思ってくれる?まだ僕を好きですか?


ゴゴン…


また扉の開く音が聞こえた。タミヤ君が来たのかと顔を上げる。


「あ…」


僕はその人物を、三人を見て見て目を見開いた。


「グーテンモルゲン!」


その人物は久しぶりの挨拶を大きな声で言った。
僕は心の中で別の言葉を言っていた。



〈おかえり…〉


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