本編
□目覚め
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夜。光クラブにロボットと少女が残された中、少女は目覚める。
「君は、誰?」
ロボットは首を横に向け少女を見た。
「ライチ、私の名は、ライチ」
「ライチ...ライチ。いい名前ね」
少女は呪文かの様にロボット、ライチの名を呼ぶ。
「私はカノン。カノンよ」
ライチは起き上がり、少女の名を頭にインプットする。そして名を呼んだ。
ピーカチカチ
「カ...ノ...ン...」
「そう、カノン」
二人だけの空間。まるで、この世界には最初からこの二人しかいなかったかの様に感じられる。
ライチは階段を上がり、椅子に座るカノンに近付いた。
「わあ、大きいのねライチ。なんだかライチは機械の様に見えるわ」
「ちがう、私は人間だ」
どっからどう見たってロボットでしかないのに。二人の会話はやはり少しおかしい。
「ねぇライチ、お願いがあるの」
カノンは己の手を少し動かす。
「これ、外して、片手だけでいいから」
「片手だけ、逃げない、わかった」
カノンの言葉を繰り返し、ライチはカノンの手につく錠を外した。
カノンはその手をライチの頬にあてた。
「こんなに固い人間。私は知らないわ」
「私は人間だ」
「どうしてそう言えるの?」
「そうインプットされてる」
「ずるいわライチ、私には難しいことわからないもの!」
カノンは細い指を自分の顎にあてて言った。難しい事をインプットされて、それをあっさり答えられるライチを少しだけ羨んでいるのだろうか。
「カノンいつも眠っている。何故カノンはいつも眠ってばかりいる?」
「だって目を覚ますと、恐い男の子たちに囲まれているんですもの」
ライチは頭の中でいつも不思議に思っていた事をカノンに問う。カノンはハァ、とため息をついて答えた。
「だから、眠ってさえいれば不幸せな時間も、どんどん通り過ぎていってしまうわ」
「フシアワセ...そんな言葉私の頭の中何処にも無い。フシアワセ...」
ピーカチカチ
新しく聞いた言葉をライチは頭の中で繰り返した。するとカノンは足元にある牛乳とパンを見つける。
「ライチ、あれ取って!」
カノンに言われて、ライチは言うとおりにした。カノンは美味しそうにパンと牛乳を平らげる。
「ライチと話してたら、お腹空いてきちゃった」
「おなか...」
食べ終えて唇をペロリと舐めるカノンを不思議そうに見る。
「私、水泳習ってるの、誰よりも長くもぐっていられるんだから!もう一つはピアノ!」
そう言ってカノンは部屋の奥にあるオルガンを見つけた。
「ねぇ、あのオルガンひかせて、でないと私の指は鉛のように重くなってしまうわ」
ピアノをひく場合、こまめに練習しないと腕はすぐなまってしまう。
「カノンを出してはいけないとインプットされている」
「それはこの部屋から出してはいけない、という意味よ。言葉をそのままとらえるなんてライチッて子供ね!」
「子供...」
ライチにムッとしていうカノンだが、ライチはよく理解していない。しかし逃げないとわかったのか、ライチはカノンのもう片手の錠をはずした。
カノンはオルガンに向かい、鍵盤を弾く。ライチはその後ろに立った。
とても美しい声とピアノの音色が合わさり、聞いているだけで心が安らぐ。
「キレイ、カノンの歌、キレイ」
「これはさんびかっていうの、ライチとなりに座って」
曲が終るとライチは言う。そしてライチはカノンの横に座った。
「私がやった通り、弾くのよ」
「わかった」
また曲が流れる。ロボットだかライチの手は人間のように見えた。
「上手よ、ライチ。でも次の小節は難しいわよ」
先程よりカノンの指はバラバラに、そして早く動いた。しかしライチはすぐに同じように弾く。
「すごいわ君、すぐ覚えてしまうのね。私、ここ泣きながら練習したのに」
カノンは驚いてライチを見た。ライチは少し黙ってからポツリとつぶやく。
「明るい...カノンとオルガン。明るい。目の前が明るい」
ライチの言葉にポカンとしたカノンだが、すぐに「あははは!」と笑いだした。
「ライチ、それは「楽しい」っていうの」
「楽しい」
ロボットに楽しいという言葉を覚えさせたカノン。
「楽しい、私は楽しい」
「私もとても楽しいわ!!」
オルガンを弾いて楽しんでいる二人。こんなにも微笑ましく、心温まる夜があるだろうか。
ゴゴゴゴゴゴン
しかしそんな二人を邪魔するかの様に、一人の男が入ってきた。
「だ、誰!?」
カノンは驚いて立ち上がる。男はベルトコンベアを下り、カノンに笑いかけた。
「はじめまして...俺、スミレ」