本編

□恐怖心
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だれもいなくなった暗い光クラブ。
俺は1人で台に横になるライチを見つめていた。


「...」


何故、ライチは俺を女だと、少女だと言ったのだろう。そりゃあ昔は女だった訳だから、顔だけ見れば女っぽく見えても仕方ないけど、体はもう男の体になっているのに。
黙って立っているとポンと肩に手を置かれた。


「ゼラ...」


「スミレ、何をしているんだい?」


そこにはゼラが立っていた。ゼラはいつもと変わらぬ表情で眼鏡をくいっとあげる。


「まさか、君はライチに少女だと言われた事を気にしているのかい?」


「い、いえ、俺は女みたいな顔してるってよく言われるし、ライチは少女の顔や雰囲気は察知できるのかもしれませんね」


本当はそんな事言われた事もないが、咄嗟にそんな言葉が出た。するとゼラはツカツカとライチの頭の近くまで行く。
そしてライチの頬を撫でた。


「ゼラ?」


「スミレ、覚えているかい?このライチの右目は、ニコの目玉だと」


「えっ」


いきなり目玉の事を言われ、ライチの目を見る。ライチの右目はマシンとは思えない程美しく光って見えた。人間の『ニコの目玉』だからだ。


「はい...」


「これを取った時、君が何をしたかも覚えているんだろうね」


「っ!」


俺はその言葉を聞いてゾッと背筋が凍った。
ニコの目玉を取ったあの日、
ニコはこの台に寝転んで、
周りにはスプーンやハサミやその他工具のようなものが並べられていた。
そしてその周りに俺達は立っていた。


「...ハァ...ハァ」


俺の立っている所はあの時と同じ場所。ゼラも同じ場所に立っている。
だんだんとライチの姿がニコの姿に見えてきた。
そうだ、あの時俺は...


『みんな準備はいいか!?止血と消毒はしっかりしような!』


『う、うん...』


『な、なぁ、本当にやるのかよ?俺達だけで人間の目玉取るなんて』


『仕方ねぇだろ!雷蔵!その後はわかってるな』


『お洋服なら慣れてるけど...目なんか縫ったことないしぃ〜』


俺は止められなかった。ニコだけでなくタミヤの意志も堅かった。ニコの目玉を取ることを...
俺は「知っている」のに。その後ジャイボが麻酔を左目に打ってしまう事も。


〈でも...〉


恐怖で何も言えなくなってしまった。ガクガクと足が震えてその場から1歩も動けなかった。
皆もゼラとジャイボ以外はいつになく焦っていたのに、ビビっていたのに。なのに俺はあの時、恐怖以外になにも考えられなかった。


〈でも、まさか...〉


『俺は...アインツだ』


麻酔もなにもかかってない右目をニコは自分でくり抜いたのだ。
ニコの叫び声、溢れだす血、そこから出た人間の目。
ニコは目を取ってゼラに渡すとそのまま倒れた。皆は急いでニコの手当をしていたが、俺はだんだん苦しくなってきて胸を抑えた。


『ハァ...ハァ...うっ!』


『お、おい!スミレ!ニコを病院へ運ぶから手伝っ...』


『うっお、おえぇぇ...!』


『スミレ!?』


俺は耐えきれなくなり、手を口で抑えた。そして胃からこみ上げてきた物を、ビチャビチャと音をたてて吐き出してしまった。
逆にどうして皆は平気なんだ。俺は無理だった。人間の目をくり抜く所を見るなんて。


「スミレ」


「はっ...」


ゼラに名前を呼ばれて、はっとなる。そこに寝ているのはライチで、ここにいるのは俺とゼラだけだった。静かな光クラブだ。


「す、すみません。ゼラ」


「あれ位の事に耐えきれないなんて、君にはガッカリしたよ」


「はい...」


「でも今は違う。あの女教師に罰を与えた時の君は素晴らしかったよ、スミレ」


ゼラの言葉に俺は少しだけ嬉しく感じてしまった。帝王に少しだけ認めてもらえた、と。


「これからも頼むよ、スミレ」


「はい」
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