本編
□もう一人のゼラ
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「このまま30歳まで生き残るなんてゼラには無理だ!それは少女も裏切り者も関係ない!ゼラがずっと両親に怯え続ける限り…ゼラは自分を自分で殺すことになるんだ!!」
そこまで叫んでから気がついた。
見るとゼラは目を見開いたまま俯いていた。
流石に言い過ぎたかと思い、続けて言う。
「…わかってる。ゼラが悪いわけじゃない。両親にそんな事を言われて育ったら誰だって大人を否定すると思う…だからこそ!ゼラには…」
「…さん…」
「えっ?」
「お母さん…?」
「ぜ、ゼラ?」
急にどうしたんだ。ゼラは母親を呼び始めた。しかも俯いていた顔を上げてこっちを向いて呼んでいる。
俺は咄嗟に後ろを向いたが誰もいない。
「お母さん…」
不思議に思ってゼラを見ると、ゼラは確かに俺の方を見ているが、その目は俺を映していなかった。
いや、厳密に言うとその目には俺どころか誰も何も映ってはいなかった。
「お母さん…お母さん…お母さん…」
それでも尚、母親を呼び続けるゼラ。
一体どうしたと言うんだ?
「ゼラ?ゼラどうしたんだよ?」
「お母さん…やだ…お母さん…」
「ゼラ?ゼラお母さんって何?ねぇ…ねぇ!」
「やだ…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
「ちょっと…ゼラ!ゼラ!」
ゼラの目からはボロボロと大粒の涙が溢れでる。大汗をかいて涙を流し続ける彼を見て俺は漫画とは違う、何かが氷を背に当てられたようにひやりとした。
「お母さん…ごめんなさい…お母さんごめんなさいお母さんごめんなさいお母さんごめんなさい」
「落ち着けってば!しっかりしろ!ゼラ!」
「うわあああああ!!」
「ゼラ!」
俺はゼラの両肩をこれでもかと言うくらい強く掴んで叫ぶ。その瞬間ゼラの目は俺を映した。
それがわかると俺はゼラの肩を何度もゆすって名前を呼んだ。
「ゼラ?ゼラ!」
「ス…ミレ…」
「そうだよ!俺だよ!しっかりしてよゼラ!」
「…」
「ゼラ!」
ゼラは足から崩れ落ちるようにその場に膝を付いた。俺は慌てて支える。
「ゼラ?」
「…くは…僕は…」
「…」
「僕はこのまま醜い大人になっていくのか…?お父さんやお母さんのように…醜い大人に…」
「え…?」
「嫌だ…嫌だよ…大人になんか…大人になんかなりたくない!お父さんやお母さんみたいになるのなんて嫌だ!!」
「ぜ、ゼラ…」
「嫌だ!嫌だよ…誰か…誰か僕を助けて…僕を、捨てないで…」
「…っゼラ」
その言葉を聞いた途端涙が込み上げた。
目の前で震えながら泣き続けるその姿には帝王としての威厳など感じられず、ただ孤独を噛みしめる子供のようだった。
そう思うとゼラが可愛そうで…切なくて…愛おしくて。
「ゼラ!」
「えっ…」
ゼラを思いっきり抱きしめる。その目からはゼラ同様涙が溢れていた。
「俺は、俺は離さない。ゼラを一人にしない。一生…ゼラのそばにいる」
「な…」
きっとゼラはこの言葉を言われたかったんじゃないか…。
「お父さんみたいに捨てたりしない。お母さんみたいに貶したりしない。ずっとずっと…ゼラのそばにいる!」
「なに…言って…」
ゼラは震えていた。俺は今言った事が本当だと言わんばかりにゼラを強く抱きしめた。
しかしゼラは俺を突き飛ばす。
「僕が!僕が君に何をしたかわかっているのか!?」
「え?」
「僕は君も!君の友人を道具のように扱い!挙げ句の果てに友情も愛情もすべてを禁じ、破れば罰すら与えた…。お前の自由という自由はすべて僕が潰したんだ!!」
「ゼ…ラ」
「そんな僕のそばにいるだって?そんな事するわけない!きっとタミヤも…メンバーも…みんな僕から離れて行くんだ!」
ゼラはもはや考える事を放棄していた。ただ今は冷たい言葉も優しい言葉もゼラにとってはショック以外の何物でもないのだろう。
でも…俺は…いや私は…
ゼラを助けたいんだ!
「ゼラ!」
俺はもう一度ゼラを抱きしめた。ゼラは暴れて逃げようとするが俺はゼラを離さないと抱きしめる。
「スミレっ…離せ!」
「逃げるな!!」
「っ!?」
「逃げるな!親からも…友情からも愛情からも逃げるな!逃げないで立ち向かって行かないと、ゼラは本当に独りぼっちになる!」
わかるんだ。きっとあの日、タミヤがゼラを光クラブに誘っていなくても、ゼラは自分の力で自分を殺していたんだと。
それはきっと…昔の私みたいに…
そんな事させたくない。光クラブが、皆がいたから俺は立ち上がれた。前に進むことが出来た。
自由を奪われたなんてそんな事はない。むしろゼラは俺に生きる道を作ってくれた。
「ゼラ…怖いのも怯えるのも仕方ない。生きるっていうのはそう言う事の連続だ。だからこそ、そんな時は俺を頼って!俺はずっとゼラのそばにいるよ」
「うっ…」
「俺はゼラが好きだよ?友達として…」
「っ…!」
ゼラは俺の台詞に一度だけビクッと肩を震わせる。友情という言葉を禁じたのはゼラだけど、こういう時には言わないとな。
そしてしばらくするとゼラは俺の胸に顔を埋め、声を押し殺して泣き始めた。俺はそんなゼラをずっと抱きしめていた。