本編

□もう一人のゼラ
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「ゼラ…」


俺はゴクリと息を飲んでからゼラを見つめた。


バタン


ゼラは後ろでドアを締めるとベルトコンベアを使い、俺の前に来た。


「スミレ…」


「ゼラ、どうしてここにいらっしゃったんですか?」


「今質問をしているのは私だ。答えろ」


何故ライチ畑の消化を免れたのにゼラがここに来てしまったのか。こんな展開は原作にも無かった。
そう思って聞いたがゼラは不機嫌そうに返す。


「俺は…真の裏切り者を止めに来ただけです」


「裏切り者…?」


裏切り者という言葉にゼラは流石に同様を見せた。しかしすぐにフッと笑う。


「タミヤか?タミヤがここに来たのか?」


「ゼラ、確かにここにタミヤは来ました…でも裏切り者はタミヤではありません」


「何だと…?」


ゼラは目を細める。
そうだ。最初からタミヤは裏切り者じゃなかったんだ。ゼラをよく思っていなくとも裏切ろうとなんて思っていなかった。本当の裏切り者は誰も予想しなかった人物。
俺は覚悟を決めて一度息を吸ってから話す。


「本当の裏切り者は…ジャイボだったんです」


「なっ…!」


俺は移動して後ろに倒れていたジャイボを見せた。ゼラは信じられないと言いたげに目を見開いている。


「まさか…そんな訳…」


「本当です。三人の少女を逃がしたのも、チェスのキングの首を折ったのも、ライチ畑を燃やそうとしたのも…すべてジャイボの仕業だったんです」


ゼラはジャイボの方を見る。動揺する彼からは漫画の時のように汗をかき始めた。


「まさか…何故だ?何故なんだ!?」


「ゼ、ゼラ、落ち着いて下さい」


「これが落ち着いていられるか!一体何故ジャイボが!?タミヤはどうした!?」


そう言いながら辺りを貪り見る。そしていつもある物が無いことを不審に思う。


「あ…れは…」


「え?」


ゼラの視線の先は王座を見ている。その時俺にも違和感を感じさせた。


「いっ…一号…少女一号はどうした!?まさかそれもジャイボが逃がしたと言うのか!?」


「…」


〈くっ…〉


俺はうつむく。するとゼラに両肩を掴まれた。


「わっ…」


「答えろ!少女一号はどこに行ったんだ!?」


指先にこれでもかと言うくらい力を込め、肩を掴まれた。痛みに顔をしかめる。しかしそれと同時に俺はもう考える必要がない事がわかった。

何と言おうと結果も事実も変わらない。変わらないけどこれから道を新しく作れるのなら、俺はカノンの為にライチの為にタミヤの為に、そしてゼラの為に真実を伝えよう。

俺はスッと目を開き、ゼラの両手をそっと掴んで離させた。


「ゼラ、今からすべてをお話します」


「すべて…?」


「ゼラの予言したとおり、裏切り者は存在しました。その正体はジャイボです」


「だから…何故ジャイボが…!」


「でもジャイボはゼラを恨んでいたから裏切ったのではありません。ゼラを想い、慕っていたから…愛していたから裏切り者になったのです」


「は…?」


「ゼラを愛するがあまり、俺達が邪魔になった。少女一号が現れてゼラを失うという恐怖に駆られた。だからジャイボは俺達に裏切り者としての罪を被せ、消そうとした。少女一号を殺そうとしたんです」


「馬鹿な…私を愛していただと?」


ゼラは倒れているジャイボに視線を落とす。しかしすぐ小刻みに震え始めた。


「ジャイボは私にとって玩具以外の何物でもない!少女一号が現れて思った…いくらジャイボといえどあの美しい少女には叶うはずない!それなのに私を愛するだと…?」


ゼラは狂ったように笑い始めた。流石にその姿を生で見ると俺の背筋にはゾクッと何かが走った。


「あはっ…あはは!ではジャイボか…ジャイボが少女一号を逃がしたんだな!?すべての根源はジャイボだったっていうことだろう!?」


ゼラはそう言って笑いながら近くに転がっていた鉄パイプに手を伸ばした。俺は慌ててゼラの腕をつかむ。


「何する気!?」


「くっくっく…決まっているだろう?ジャイボを始末して、またライチに新しい美しい少女を連れて越させる」


気が動転しているのか何なのか、カノンがいなくなった事には気がついても、ライチがいない事には気づいていない。

所詮ゼラにとってはライチなんて眼中に無かったのかもしれない。


「離せスミレ…早く新しい少女を連れてきて…そして」


「30歳で世界を手に入れるつもり?」


俺が言うとゼラは笑顔を消し、俺の方を向く。
まるで「何故その事を知っている」と言いたげだった。


「「坊っちゃんには黒い星が付いておる。ヒトラーにもついていなかった黒い星だ」」


「なっ…なっ…」


「「坊っちゃんは30歳で世界を手に入れる。もしくは14歳で死ぬ。その鍵は一人の少女が握っているだろう」」


「何故…お前がそれを…」


マルギト・マルオが言っていた。
俺はゼラから手を離して向き直る。


「知ってるよ」


「なんで…」


「知ってる。ゼラが昔、町にいた胡散臭いお爺さんに世界を手に入れると言われた事も、父親に捨てられて母親に傷つく言葉を言われ続けた事も」


「何故だ!?何故お前がそんな事を知っている!?」


「…」


「そうだっ…ジャイボが裏切り者であることをどうして知っていたんだ!?何故ライチ畑が消化される事までも知り得ていた!?何故っ…どうしてお前がっ…」


俺はフッと笑いカツカツと足音を立てながらカノンが座っていた王座の前に立った。そして一呼吸おいてから肩を大きく回してゼラを見る。ゼラは大汗をかき動揺を見せながらこちらを見ていた。

まるで王を見下ろす反逆者の気分だった。


「俺は、数年前ゼラに預言をしたマルギト・マルオの実の孫だ」


「孫!?」


「そしてジャイボの裏切り者もすべて知った上でそれを阻止し、タミヤと二人でライチとカノンをここから逃がしたのも…この俺だ」


「はっ…!?」


そして俺はまた階段を降り王座から離れた。するとゼラが俺に近づいて肩を掴む。その目は見開いていて歯をギリッと噛み締めていた。


「君がっ…あのお爺さんの孫だと…?」


「そう」


「少女一号をっ…逃がしたのも…君だったと言うのかっ…?」


「そうだ」


その途端バシンッ!という鈍い音が響き渡る。同時に衝撃が走り、俺は横を向かされた。
そしてゼラに殴られたんだと思うのに少し時間がかかった。
俺はゆっくりとゼラに首を戻す。

痛いな…ニコの事本気で殴ったから痛かっただろうな。

俺は呑気にもそんな事を考えていた。


「何故そんな事をした!?お前も裏切り者じゃないか!?…っそうだタミヤもお前もジャイボも…すべて…すべてが僕の邪魔でしか無い存在だったんだ!」


もはやゼラは自暴自棄になっている。すべてを恐れ、すべてを拒否する。その姿はまるで漫画のシーンのようだった。

しかし俺は手を振り上げて今度はゼラの頬をバシンッ!と平手打ちした。


「あっ!?」


ゼラは驚いて少しよろける。そして何かを言おうとしたのを止めるように俺が叫んだ。


「いい加減にしろよ!一体どれだけの人を巻き込めば気が済むんだよ!?」


「スミ…」


「世界を手に入れる?14歳で死ぬと預言されただって?そんな事本当のゼラにはまったくの無関係じゃないか!!」


「む、無関係…?」


「そうだよ!本当にゼラが変えたかったのは…ゼラのお母さんの事じゃ無いのか!?」


「っ!?」


本当はずっと考えていたんだ。ゼラが何を思って世界を手に入れようとしていたのか。


「いきなりお父さんに捨てられて…お母さんには拒絶されて…その事が悔しくて悲しくて…だからその心の隙間を埋めたいが為にこの光クラブを作って…罪もない一人の女の子を閉じ込めたんだ!!」


「ち、違う!僕はいつか世界を手にするために…醜い大人にならない為に…!」


「ゼラはお父さんみたいになるのを恐れているだけだ!お母さんにまた拒絶されるのが怖いだけだ!自分の両親に執着しているだけの弱い子供だ!!」


「黙れ…黙れ!!」


ゼラは両耳を塞いで首を振り乱す。それでも俺は続けた。


「このまま30歳まで生き残るなんてゼラには無理だ!それは少女も裏切り者も関係ない!ゼラがずっと両親に怯え続ける限り…ゼラは自分を自分で殺すことになるんだ!!」


「っ!!」


俺の言葉にゼラは目を見開き、塞いでいた両耳から手を離した。その手はダランと力を無くす。
そしてその目は力と光を失われ、俯いたまま動かなくなった。
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