本編
□目覚め
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「スミレ?」
俺はニコッと笑ってカノンを見た。するとカノンは怯えたようにライチの腕に掴まる。
「スミレ、彼女はスミレだ」
ライチは頭にインプットされたであろう、俺の名を呼ぶ。
「彼女?あなた女の子なの?」
「あ、えっと...」
「スミレは少女だ」
カノンはライチの言葉を聞いて、眉をひそめる。
まあ、見た目的に女には見えないだろう。
「一応は、男だ。ただライチには女って思われてるけどな」
俺はそう言ってカノンとライチに近づく。カノンはぎゅっとライチをつかむ腕に力を込める。
俺に対しても警戒心むき出しの様だ。
「大丈夫だ。何もしやしないから、それよりコレやるよ」
俺はさっきコンビニで買ってきた、パンと水の入った袋を目の前に出して言う。そして二人の座っていた台の上に置いた。カノンはそれを見て、警戒しつつ台に行きガサッと袋を開いた。
「腹減ってんだろ?悪いな、そんな物しかなくて...」
「...ありがとう」
カノンはそう言うとパンの袋を開けて、パンを食べる。そしてペットボトルに入った水をゴクゴクと飲んだ。
なんだかこうやって女の子と一緒にいるのは、この世界に来て初めてかもしれない。
「あなた、スミレって言うの?女の子みたいな名前ね」
「まぁな、君はカノンだろ?」
「知ってるの?」
「あ、えっと、さっきの話聞いちまった」
俺は帽子を取って、近くの別の鉄の台に腰を下ろした。そしてライチとカノンを見つめる。
ライチはオルガンの椅子から下りてカノンの隣に座った。カノンを見ていると、ついこの間逃げた三人の少女を思い出す。
あの三人は逃げられたのにカノンだけ取り残されてるなんてかわいそうな話だよな。
「ごめんな、カノン。こんな所連れてきて」
「...どうして私を連れてきたの?」
俺はなんだか辛くなってきてカノンに言う。カノンはその事には触れず、食べ終わったパンの袋とペットボトルをビニール袋戻した。俺はそれを受け取ろうと立ち上がる。それに気づいたのかカノンは俺に袋を渡そうと差し出した。
「っ!?」
「え?」
カタンッ!
しかしその時、カノンの指が俺の手に少し触れた。俺は驚いて手を引っ込める。袋は床に落ち、音を立てた。
「あら、もしかして照れちゃった?」
「あ、いや...」
「スミレ、どうした?」
カノンはフフンと笑って言うが、俺は触れてしまった方の手をジッと見る。ライチがそんな俺を見て声を出した。
「わ、悪い。違うんだ」
「え?」
「実は、ゼラの命令なんだよ」
「どういう事?」
「俺は、俺達はカノンに触れちゃいけないんだ。破ったら処刑される」
俺の言葉にカノンは首をかしげる。そりゃそうか。
「俺達はな、ゼラの命令には逆らえない。ライチがカノンを連れてくる様にインプットしたのと同じさ。いや、もしかするとインプットよりずっと恐ろしい事なのかもしれないな」
俺はジッと自分の手を見た。まさかここまでゼラに洗脳されていたとは。意識してないだけで自分の洗脳はまだ解けていないのか。
「スミレ、君。大丈夫?」
「ああ、ごめん」
カノンは不思議そうに俺を見た。
何か言わなくては、カノンの目を見て思ったが言葉より先に口が動いた。
「ゼラは、昔ある占い師に言われたんだよ「君は30歳で世界を手に入れるか14歳で死ぬ。そのカギは一人の少女が握っているだろう」ってな」
「一人の少女...?」
「そう」
空気をどうにかしたくて言ってしまった。カノンにこの話をしてもいいだろうか。この事を言っしまって話が悪い方向に進んでしまうかもしれない。でもここまで言ったら最後まで言うしかない。
「そしてゼラは、ライチを作り出し、ライチに美しい少女を連れてくる様にって言ったんだ」
俺は意を決してもう一度ライチを見てからカノンを見た。
「それで君が連れてこられたんだ」
「じゃあ...私がそのカギを握っているの?」
「わからないけど、多分そう」
俺は曖昧な返事をした。漫画でもゼラは「美しい」事に捕らわれ過ぎている。しかしカノンはライチと恋に落ちるが、ゼラに直接何かしたという訳ではないから、本当にそうなのかは少し怪しい所だ。
「私は、これからどうなるの?」
「そうだな、少なくとも丁重に扱われると思うよ。君はこの光クラブの女神って言われているからね」
カノンは不安なんだと思う。でも俺は何と言ったらいいか解らなくなり、そのまま黙ってしまった。カノンはしばらく考える様にしてからまっすぐ俺の目を見て口を開く。
「スミレ君は、どうして私にそんな話をしてくれたの?」
「えっ」
「スミレ君っていつもいる怖い男の子達とは何かが...違う気がするわ」
とても美しい瞳で見つめられ、少しだけドキリとした。
カノンは俺の本当の姿がわかると言うのだろうか。少し前までの「私」が...。俺は首を横に振る。
「何にせよ、大丈夫だよ。君に傷を付けさせる様な事はさせないから」
ニコッと笑って俺は言った。俺はカノンの事も守りたいし、ライチに人殺しをさせたくない。俺は袋を拾って立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ行くな。ライチ、今日の事は誰にも言わないでおいてくれよ?」
「わかった」
俺は口に人差し指を持っていき、内緒と言いたげに微笑む。ライチはすぐに了承してくれたので、俺はそのままベルトコンベアを上がり、出入り口に立つ。
そしてもう一度二人を見ると、二人共俺の事を見ていた。俺はそれを確認してクラブを後にする。
『楽しい...』
『私もとっても楽しいわ』
〈楽しい、かぁ...〉