あの空の向こうへ

□あの空の向こうへ 10
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「お嬢さん、落としましたよ!」
とハイテンション気味に声を掛けられて振り返ると、青年が私のハンカチを持っていた。
ヴィクトルが戻らないので、少し外の空気をとホテルから出た直後の事だ。
一瞬ベタなナンパかと勘ぐり目を凝らすと、それは間違いなく私のハンカチだった。
「あ、ありがとうございます」
「財布だったら大変だったよ!」
その自信に満ちた表情と声。どこかで見た事がある。
「あの」
ハンカチを受け取ろうと手を差し出しながら、どこかで会ったかと尋ねようとして思い出した。
「あっ!」
「サインだね?いいよ!」
そうだ。雑誌やテレビで見たのだ。
彼はポケットからマジックを取り出し、私のハンカチに堂々たるサイズでサインした。
「えっ、いや、あの…」
私のハンカチが無残な姿に。
「いつもJJの応援、ありがとう!」
カナダのフィギュアスケーター、ジャンジャック・ルロワだ。
彼は私の手を取りキスを落とし、ハンカチをその掌に乗せた。
「………」
もし私がJJを知らなかったら、通報してしまう強引さである。



「と言うわけで、こんな感じに」
と半ば怒り口調でヴィクトルにハンカチを見せた。
「え、俺がプレゼントしたハンカチじゃない」
「と言うか私の持ち物の8割はヴィクトルからのプレゼントだけど…いや、そうじゃなくて」
「気安くナマエの持ち物にサインするなんて、いい度胸してるよね」
「動画で滑ってるのしか見た事ないけど、あのスケーティングそのまんまって感じの人だった」
あ、滑っていたのは、あのテンションではなく、氷の上をという意味で。
「彼、今すごく絶好調らしいね」
「俺は興味ないな」
「ああいうスケーターって、勇利のプレッシャーにならないの?」
「君だって興味ないはずだよ」
「…どういう意味?」
「彼、俺と表彰台に上がった事あるよ。覚えてないんだね」
「えっ」
ニヤニヤとヴィクトルが笑っている。
「ナマエってほんと、俺しか見てないよね」
…その通りだ。全然覚えていない。


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