あの空の向こうへ
□あの空の向こうへ 9
3ページ/3ページ
観客席でヴィクトルの登場…ではなくて、勇利の登場を見た私は、朝とは違う勇利の姿に安堵した。
ガチガチだった表情が、とても穏やかになっている。
(目が赤い気もするけど……ヴィクトル、ちゃんと勇利の気持ちわかってあげられたんだろうな)
ヴィクトルは相手の戸惑いを理解できない事が多い。
(きっと自分が完璧だから、他人の劣等感とか罪悪感とか、わからないんだよ)
それでも彼の素晴らしいところは、理解しようと前を向いてくれるところである。決して逃げる事はない。必死に向き合って、優しく踏み込んでくれる。
(器が大きいって、そういう事だよね)
演技前に、勇利がヴィクトルのつむじをタッチした。
その光景に心が震えた。
それだけ2人の距離は縮まっていたのだろう。私の知らないところで、彼らは強い絆を結んでいる。
(つむじに、ってのが…ちょっと恐れ多いけど…いやヴィクトル本人が気にしてるかどうか知らないけど)
ヴィクトルは、しばしば孤独である。
それを理解しながら、それをどうにかできる術を持たない私は、それでも私にできる事はなにかを模索してはいたけれど。
(よかった)
選手としてではなく、コーチとして勇利と出会えた事は、ヴィクトルの財産だ。
肩の力が降りたような、堂々とした勇利の演技が流れている。
なめらかで繊細で、心に沁みてくるような。それは決して身内評価なんかじゃない。