あの空の向こうへ

□空の色
2ページ/7ページ



練習が終わり、急いで支度をしていつもの待ち合わせ場所へ向かった。
俺は今夜、ついにナマエを自宅に誘うつもりでいる。
毎回そう悩みながら、結局嫌われるのが怖くて毎回ナマエの背中を見送っている。

今日もやはりナマエが先に待っていた。
「お待たせ」
と肩を抱いて髪にキスをすると、
「み、見られてるから」
とナマエは慌てた。
「見せつけてるんだよ、ナマエは俺のだから手を出すな、って」
「もう」
ここでようやく、俺はナマエの表情に違和感を覚えた。
「ナマエ…?」
「…ん?」
と慌てて作り笑いをするナマエ。俺を騙せるとでも思っているのだろうか。
「何かあったね」
「……」
話したくない事なら話さなくていいと俺は思っている。とは言え、気になってしまうのだが。
「相談になら乗るから、無理に話さなくてもいいけど「今日ね」
ナマエが強い口調で話し始めた。苛立っているのか困っているのか、こんな穏やかでないナマエは珍しい。
「今日…お客さんに、変わってって言われたの。えっと、カフェで、」
まだ整理できていない気持ちが溢れるかのように、ナマエは言葉を必死で探している。
「日本人は嫌いだから、ロシア人に変われって。でも、日本人じゃありませんていうのもおかしな話で、だけど私は日本人じゃないし、だけどこの体は、やっぱり日本人だし」
「…そんな事、」
気にする必要もないと伝えたいのに、ナマエは言葉をまくし立てる。
「良くしてくれる人が沢山いるから気にしない振りしてたんだけど、やっぱり私ロシア人として受け入れてもらえない時も確かにあるんだ」
日本とロシアの間にある領土問題の事だろうかと、ふと考えた。日本人が社会主義国であるロシアに良い感情を持ってないとも確かに聞く。それに対する反発か。
しかしそんな事、ナマエには何も関係のない事だ。
「私…このままヴィクトルの傍にいてもいいのかな」
あぁ、そういう事か。そんな話に繋がるのか。
「ヴィクトルはこの国の宝だもん。ヴィクトルに相応しいのは、やっぱり…」
「ナマエだよ」
「………」
「俺に相応しい人は、俺が知ってる。ナマエだよ。君以外あり得ない」
どんな言葉で伝えたら、ナマエは笑ってくれるんだろう。そんな事を必死で考えながら紡ぐ言葉も、今のナマエには届かない気がした。

次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ