あの空の向こうへ

□あの空の向こうへ 4
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夕方。買い物から買い物からの帰り道。
「綺麗だね〜マッカチン」
オレンジ色の温かな光にうっとりしながらマッカチンと歩いていると、ランニングをしている勇利が走ってくる。
「あ、ナマエさん」
「お、お疲れ様」
勇利とはまともに話をした事がない。
今となってはこの青年に嫌悪感など微塵もないが、ヴィクトルが単身日本に向かった直後は、ヴィクトルの心を動かすほどのスケーターとは思えないのに、と、嫌悪感を抱いていた。そして自分よりも大切なのかと嫉妬していたのだ。
「勇利くん。少し、話いいかな」
「えっ、あっ・・・はい」
まるで後輩を呼び出す先輩のように振る舞ってしまった。何をこんなに緊張しているのだろう。怯えさせてどうする。
ヴィクトルを引き寄せた勇利に怯えているのは私の方だ。
「あ、はい」
2人で海岸に降り、もうすぐ沈んでしまうであろう夕陽を眺めた。
「あの、ナマエさんはいつから、その・・・ヴィクトルと?」
「一緒に暮らしてるのは、まだ、1年半ほど」
考えてみれば、勇利にとって私は全く関係のない人間だ。コーチの女、という括りでしかない。
お互いを全く理解しないまま同じ屋根の下で生活するのもおかしな話なのかもしれないし、もっと早く、こうやって話をするべきだった。
ヴィクトルが勝生勇利を指導しメダルをと考えているのなら、私も勝生勇利を応援するべきなのである。
「勇利くん、“ナマエ”でいいよ」
そもそも私の方が2つ年下である。
「あ、ありがとう」
勝生勇利は緊張している。自分が尊敬している人の近しい人には、ついつい同じように緊張してしまうものなのだろう。
「じゃあ、ナマエも、勇利って呼んでいいから」
「あ、でもユーリとかぶるよね〜。どうしようかな、うん、これからはユーリの事ユーラチカって呼ぼうか・・・」
「ナマエ」
「ん?」
勇利がまっすぐに私を見据えた。
「しばらくヴィクトルの時間、もらっちゃうけど、」
日本人って、どうしてこんなに繊細で必死な生き物なのだろうか。
「一生懸命頑張るから、よろしくお願いします」
いちいちこんな風に気を張り詰めてたら、そのうち息が出来なくなっちゃうよ。
「勇利。こちらこそ」
だけど嫌いじゃない。
「ヴィクトルをよろしくね、勇利」
あなたはヴィクトルにとって、新しい希望なんだ。


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